step by step
目の前にある黒くて大きな背中。それだけを視界にとどめながら必死についていく。
歩く早さは完璧彼のペースで、この差は足の長さの違いなのか、いつの間にか私の足は小走りになってしまっている。
「ちょっ、はぁ…土方さん…ま、まって」
あがる息を押さえきれずに、ついに私はその場から動けなくなった。だけどその叫びすら、彼の耳には入っていないのかもしれない。
彼はどんどん前へ進む、私を置いて。
いつもそう。付き合う前も、付き合ってからも。いつも私を置き去りにする。
「ハァハァ…ちょっと、何なのよ」
「ハァハァ…ちょっと、何なのよ」
自分で言ったくせに、会いたいって。
わざわざ自分から電話してきたくせに。
「…もう、ついて行けないっつーの」
会いたいなんて言われて浮かれ気分でのこのこやって来て、結局いつものように置いてけぼり。
もう、なんなの。
信じらんない。馬鹿!
刀バカ、真選組バカ、むっつりバカ、マヨネーズバカ、バカバカ、バカヤロー!
「イーッだ!」
もう遠くにある、ゴマ粒くらいの大きさの彼に向かって、自分が思いつく限りの悪態を吐いた。
このまま帰っちゃおうかな…。
そう思ってもう一度遠くに目を凝らすと。
土方さんはなぜか勢いよく後ろを振り向いた。
今さらながら私が後ろにいないのに気付いたのか、遠目でもあわてている様子が見て取れる。
(なにやってんだか)
今さら気付いたって…。
前ばかり見ているあなた。あなたの背中ばかり見ていた私。
振り向いて欲しい。こっちを見て欲しい。
私を見て欲しい…んだけどなぁ。
(はぁ…仕方ないか)
もうこれは仕方がないのかもしれない。
だって私は、結局前を向いているあなたが好き。前しか見てない、まっすぐなあなたが好きなのだから。
私は小さく息を吐いて土方さんの元へと歩こうとした。…が。
私よりも一瞬早く、土方さんが私に向かって走り出す。全速力で。
さっきまで黒いゴマ粒だった彼が、ものすごいスピードで土方さんの形になっていく。
私のすぐ側まで来た土方さんは、珍しくも肩で息をしていた。
そんな彼が私を見て最初に放った言葉は
「なんで俺の後ろにいねーんだよ」
だったので。
私が少し呆れたように土方さんを見やると、彼は少しふてくされたような表情を見せながら話し出した。
「振り返ったらおめーがいねぇから、…少しあせった」
そっぽを向きながらそう言った彼の、黒髪からのぞく耳がほんの少し、赤い。
「本当は…さっき考え事をしていて、おめーがいないことに気付くのが遅れた。その、今日、…なんて言ってやったら喜ぶのかがわかんなくってよ」
ほら、今日、な?
あれだろ、今日は。
俺たちふたりの…。
しどろもどろで語る言葉と一緒に土方さんのポケットから出されたもの。
「やるよ、ソレ」
ぽーんと彼が投げて寄越したそれは、すっぽりと私の手の中に収まった。
「…覚えてたんだ」
「あたりめーだろが。俺ァそういうのは結構律儀なんだよ」
一年とは言わず、二年でも三年でも。
一生俺の側にいてくれてもいい。
照れくさそうにそう言った彼にさり気なく体を預けたら、たくましい腕に頭を抱えられて、頼りがいのある胸板に顔を押しつけられた。
「これからも、当たり前のように俺について来いよ」
偉そうにそんなことを言った彼に
「うーん、少し考えさせて。背中ばっかり眺めるのはやっぱりちょっと」
と答えたら、土方さんはグッと言葉に詰まって
「…わかってる」
と、とても小さな声で付け足した。
end.
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