夕月の端で

「でな……俺はそれが叶うと思っていた」

姫は政宗の言葉に頷いた。

頷きながら、指は髪を梳いては撫でる。

「双璧にもあしらわれ、相手にされなかったがな」

政宗が幼い時分に描いた絵空事。

姫は頷きながら想いを巡らせてみる。

紺碧を薄く切り取る金色。

夕月の端でゴロリと横になる政宗を――

「可愛い……」

「……可愛い?」

政宗の問い返しに、姫は我に返った。

思わず内を洩らした口を押さえる。

「聞こえ……ましたか?」

「この距離だ。決まっておろう」
「です……よね……」

可愛いと言われて、政宗が嬉しかったのか定かではない。

けれども、自分の膝の上に頭を乗せた政宗は笑っている。

洩らしてしまった「可愛い」に慌てはしたが、政宗が笑っている。

姫は、嬉しさに堪らなくなった。

上体を屈めて、政宗に口付ける。

「っ……くれるなら……唇にすればよいものを」

不満そうな口振りで尖らせた唇。

でも、瞳は笑んだまま。

政宗は、自分で額を幾度も撫でた。

「お前は…笑わないのか?……俺に遠慮を……しているのか?」

額から手を離した政宗は、姫を見上げてくる。

ほんの少し不安の混じる瞳の色は、時々、姫のことも不安にさせた。


政宗の幼少期の淋しさについては、聞き及んではいる。


政宗に深い愛情を注いでくれた父親の最期も

今もって溶けぬ母親とのわだかまりも。

政宗は話さない。

姫も聞かない。

「お前は……双璧とも違う……他の誰とも」

政宗の腕がつと伸びて、姫の頬に触れた。


「今度こそおかしいと笑うかも知れぬ」

政宗の前置きを、姫は頭を左右に振り否定する。


政宗の口元が歪んだ。

「……お前に……優しくされるのが……」


政宗の言わんとしていることが分かった気がして、姫はその手を掴む。


「……怖いのだ」


姫は再び頭を振る。


「お前を無くすのは」

途切れた政宗の言葉。


言葉での否定の代わり、姫の唇が政宗に優しく重なり、離れた。

「……お前……」

政宗は上体を起こし、姫の頭をクシャクシャと撫でた。

政宗の破顔に姫もつられる。

照れ臭そうに、姫の唇に触れた政宗。

「真っ赤になりおって……なんとか言わぬか」

姫は膝立ちになり、政宗を抱き締めた。

政宗を優しく包む言葉が見つからない。

けれども、伝えたい。


皆のように、自分も政宗を想っていることを。


「お前は……柔らかくて…温かい……」


姫の背中に回された政宗の腕に、力がこもる。


同じように、姫の腕にも力がこもった。


温もりと共に、想いが伝わっていけばいいと。


そうして、姫は思う。


政宗が描く夢に、自分もいたい。

自分が、夢でも政宗に会いたいと願うように、政宗が夢を見る時にはそこにいたい。

紺碧を薄く切り取る金色。


不思議と、今夜は会えそうな気がしている。


夕月の端で――





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