アメとムチ

「嫌。私絶対行かない…っ」


「アンタに断る権利なんざ端からありゃしねェ。良いからとっとと来なせェ」

いーやーだーっ!と、全体重をかけてもズルズルと引きずられて連れて行かれてしまう

「騙したわね!“マイスウィートハニー。おまえの可愛い浴衣姿が見たいんだぜ”なんてメール送ってきて…!全部私を誘き寄せるための口実だったのねッ!!」


「俺に言わせりゃそんなもんに騙されるアンタが悪ィ。馬鹿だろアンタ馬鹿だろ」

漆黒の隊服姿の彼は、きっとまたサボりに違いない

ならば

「…何してんでィ」

「イやん」

こっそり土方さんに告げ口しようとしていた私の携帯は無情にも取り上げられた

「…何で土方の番号知ってんだ」

「…別に。いざと言う時のアレに備えて…、」

「削除ー」

あぁぁあぁぁーっ

最後の希望の光は潰えた

私の携帯は彼の胸ポケットへ仕舞われて

そして

「さァ、着きやしたぜ」

見上げれば、おどろおどろしい看板に血塗られた文字

夏と言ったらこれだよね。なんて何処のどちら様が言ったのか知らないけれど、なんって迷惑な―…!

「ッムリムリムリ!本当に無理なの!お化けとかないからっ専門外だから!漏らすからァァァ!!」

「お漏らしプレイかよそそるじゃねェか。一丁頼んますァ」

「ヘンターイ!おまわりさァーん!」

「俺がおまわりさんでィ。観念しなせェ、俺ぁただアンタの泣き叫ぶ恐怖に歪んだ顔が見たいだけでさァ」

「ヘンターイ!!おまわりさァァァんん!!」

「だから俺がおまわりさんだっつの」

半ば身体を抱え上げられて、不本意にも私はゴースト達の住処へ連れ去られた


駄目だー

もう駄目だー


腰を抜かしながらも、私は絶対に彼の腕に絡ませた手だけは離さなかった

自然と呼吸は浅くなり、暑いはずなのにヒヤリとした汗が背中を伝った

しばらく進むと、明らかに何か潜んでいそうな墓地の前に出た

「ね、総悟くん。絶対走ったりとかしないでねっ置いて行かないでね…っ」

「…」

「ねぇ…っ」

「…」

そっとしがみ付いた腕を見上げていけば

「ぇ…」

返事がない。ただの
「お嬢さん、ヒト違いじゃありませんか」

―ッ!!!!

「っ屍ェェェ…ッギャァァァァーッ!!!」

猛ダッシュでその場から逃げ出した私の脳裏に焼きついたさっきのヒトの顔は…っあの顔は…っ!!!

「あぁぁぁあぁーっ!!!」

間違いなく“武蔵さん”だった。

申し訳ないことをした。

屍って言ってしまった

一体、何時すり替えられたのだろうか…!

不覚不覚不覚…っ

「総悟く―――んッ!!」

走りながら叫んだ私の声は

「―…」

しん…としたゴーストハウスに響き渡った

駄目だ―…。本当にもう駄目だ―…

私はお化け屋敷に一人置いてけぼりにされた、哀れな…

ゾクリ

背後に気配を感じて、頬に生温かい吐息がかかった

「…っ」

恐る恐る視線をずらしていけば

「――――…」

その後の記憶は、ない

…―ぃ

「おい、エリカ」

「ん―…」
聞き覚えのある声に、意識がだんだんとはっきりしてくる

「しっかりしなせィ」

ゆっくりと瞼を上げると、呆れたような総悟くんの顔が目の前にあった

「チンピラ…警察」

今持っている渾身の力を振り絞って呟いた私の捨て台詞に
「泡吹いてひっくり返ったくせに生意気なおヒトですねィ。とっとと起きねェと浴衣剥ぎ取るぞコノヤロー」

その物騒な物言いに、慌てて彼の腕から起き上がり乱れた浴衣を整えた

「よくも可愛い恋人を置いて行ったわね」

本当に恐かったし怒りも沸点まで達していたのだけれど、ここはまだゴーストハウスの中

不本意だけど、ここで彼と離れるわけにはいかない

「可愛い恋人が泣き叫ぶ様を見るのが俺のステイタスなんでさァ。けど…」

今度こそ逃がさないように、彼の隊服の袖をしっかりと掴んでいた私の手を剥がすと

「…」
私の身体はすっぽりと彼の腕の中に収まってしまった

「まさか気絶しちまうとは思わなかったぜ」

悪ィ。

耳元で呟いた声に、悔しさも恐さも、このドS王子馬鹿王子。…とお腹の底で煮えたぎっていた私の気持ちは

「…別に良いよ、もう。許す」
頭から水を被ったかのように瞬時に冷めてしまうから。

これまた不本意だ

黙ってさえいれば“王子”なのに
“ドS”さえ頭に付かなければ
「今度はちゃんと出口まで連れて行きますァ。離れるんじゃねぇゼ」

長い睫毛に見下ろされて

ああ、この王子顔は反則だわ本当に

この顔にいつも騙されて、泣かされて。また騙されて

「…」

何度繰り返したって、懲りないのだから

「まァだ寝惚けてんですかィ?しょーのねェおヒトですねィ」

頬を固定されて、私の唇は降ってきた彼のそれによって簡単に塞がれてしまった

ああ。不本意だわ不本意だわ

「しっかり手ェ握りなせェ。ぼーっとしてると置いて行きやすぜ」

片手をポケットに入れて、すたすたと歩く彼の斜め後ろ

彼の見事な、アメとムチ






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