季節は春
桜舞う始まりの季節
大江戸駅に武州からの汽車が到着した ぴょんと跳ねるようにホームに降り立った少女
艶やかな黒髪とくっきりとした二重の大きな瞳、小柄でありながら女性らしいスタイルの少女に通りすぎていくほとんどの男性は振り向くほどだった
その少女はそんな男たちのことなど露知らず、目を爛々と輝かせて辺りを見回していた
『ここが…江戸かぁ…』
期待に胸を膨らませ大きく息を吸い込んだ
故郷とは違う匂い それに人の群れ、森のように立ち並ぶ高層ビル
そしてその隙間から見える将軍が住まうお城
彼女にはすべてが新鮮だった
自分の故郷とは違い足早に歩く人の波 その中からひとり、明らかに暇そうな男を見つけ歩み寄った
『スイマセン、ちょっと道を聞きたいんですけど』
ベンチにダラリと深く腰かけて天を仰いでいた銀髪の男 彼は廃刀令のこの世に木刀を持っていた
『あ〜、無理ッスよ、今俺そんな元気無いッスよ』 男は気だるそうに言った そして聞こえた腹の音
『あ…お腹、空いてるんですか?』
『そう、そうなんだよ。昨日からお茶漬けしか食ってないの。糖分が足りねーんだよ。体が動かねーんだよ』 そう言って今度は頭が地面に付きそうな位頭を垂れた
『糖分かぁ…』 少女は男の横でおもむろに荷を解き始めた 大きなバックの中からひとつ、箱を取り出した 箱の包みには大きく[田舎饅頭]と記されていた
『これ、良かったら食べます?』 箱ごと男に差し出した
『え、饅頭?え、いいの?』 『どうぞー、お土産にたくさん買ってきてあるんで』
彼女のバックの中にはまだたくさん饅頭の箱が詰まっていた
ありがとうありがとうと半泣きで饅頭を頬張る銀髪の男
この人、そんなにお饅頭好きなんだ そんなに幸せそうに食べてもらえて饅頭も嬉しいだろうなぁ… みるみる消えていくお饅頭を見ながら少女はそんなことを考えていた
『…で?道聞きたいんだって?』 指に付いたあんこをペロリと舐めながら男は少女に向き直った
『あ、そうだった!あの、お墓参りしたいんですけど…墓地まではどう行けば…』 少女が言い終わらない内に男は立ち上がり近くに止まっていたスクーターにかかっていたヘルメットを投げて寄越した
『…え?…これは?』 少女が不思議そうに見つめていると男ももうひとつあったヘルメットを装着した
『乗りな、連れてってやるよ。饅頭うまかったから』
都会は冷たい人が多いと聞いていたけど、そんなこと無いみたい
『ありがとうございます!』 少女はヘルメットを被り笑顔でスクーターに乗り込んだ
そんなことが行われてた場所から数メートル離れた先では、一人の男が眉間にシワを寄せタバコを吹かしていた
そこへ小走りでやって来たのは地味な男 『副長!武州からの汽車は既に到着しているみたいです』
『…で?居たか?』
『いえ、それらしき人物は…』 地味な男は首を横に振った
『…ったく、ここで待ってろって言ったのにアイツめ、何処行きやがった』
副長と呼ばれた男はため息をついて苦々しげにタバコの火を消した
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