スマイリー



スイマセーン、生二つ〜
あと鬼嫁、冷やで〜

仕事上がりに上司の誘いを受けてやって来た居酒屋
総悟はネクタイを緩めながら店員に注文した

『お前、奢りだからって調子乗んな!上司より高い酒を平然と頼みやがって』
『近藤さんが遠慮すんなっていったんでィ、いいじゃねーですかィ土方さん』
『こんなときばっか素直になりやがって』
酒の席では無礼講、…というかこの男土方に対してはいつも無礼講だ

『まあまあ二人とも、今日は久々の酒の席だ!仲良く呑もうじゃないか』
二人の上司の近藤が二人を諌めると同時に店員がやって来た

『お待たせしました、生二つと鬼嫁冷やおもちしました〜』
顔を上げると眩しいくらいの元気な笑顔の女が立っていた
例えるなら…向日葵みたいな満開の笑顔

彼女を見て
胸の辺りを締め付けるような甘酸っぱさ
なんて云うんだっけ、こうゆうの

社会人になって慣れない新生活に慌ただしく過ぎていく日々の中で久しく忘れていたこの感情

『鬼嫁冷やのお客様は…』
『あ、俺でさァ』

無意識に受け取ろうと伸ばした手が彼女の手とぶつかった
次の瞬間落下したグラス
飛び散った酒
あっと言う間に総悟のスーツに染みを残した

瞬時に青ざめた彼女が必死で頭を下げているのが見えた
『も…申し訳ありませんッ!今新しいおしぼりお持ちします!』

『ああ、別に構わないでさァ大した量じゃねぇんで』
『…でも』
『それよか酒、同じのくだせェよ』
『か、かしこまりました!』

今にも泣きそうだった彼女は大急ぎで厨房へ戻っていった

すぐさま用意してくれた酒で気を取り直して乾杯した
彼女はその時も何度も頭を下げていた


しばらくしてトイレに立った総悟
用を足して出てみるとトイレの奥にある従業員の控室、その少し手前でしゃがみこむ女の姿を捉えた

間違いない
さっきの彼女だ

『店員さん、何してんでさァサボりですかい』
何を思ったか総悟は喋りかけていた
放っておけばいいのに

顔を上げた彼女は思った通り目が真っ赤
今まで泣いていたんだろう

『あ…』
総悟の存在に気がついて慌てて涙を拭った

『怒られたんですかィ?俺のせいで』
『おおお客さんのせいなんかじゃ!あたしがどんくさいせいで…』
また泣きそうな顔で自嘲気味に微笑んで

『あたし、失敗ばっかでよく怒られちゃうんですよね』
また涙を浮かべる彼女
さっきの笑顔が嘘みたいな頼りない姿

『お客さんにも迷惑かけちゃいましたし、ほんとスイマセン』

『俺ァ気にしてやせんぜ、失敗して怒られたのが悔しいならメソメソしてないでそれを見返してやるくらい働きなせェ』

俺は何を言ってんだ
彼女が泣いてるのを見て元気付けてやりたいと思いはしたが、自分から飛び出した柄にもない熱血教師みたいな台詞に虫酸が走った

目下の彼女も目をパチパチとしばたたかせている

しかし言ってしまったものはしょうがない
あとには引けず彼女に手をさしのべる

彼女はその手を取り立ち上がり

そして笑顔を見せてくれた
初めて見た時のようなとびきりの笑顔

『ありがとうございます、迷惑かけたお客さんに慰めてもらえるとは思わなかったけど…嬉しかったです』

『いや、俺は別に…』
自分のらしくなさに今更恥ずかしくなる

『それじゃああたし、仕事に戻りますね』
気を取り直しシャンと背筋を伸ばして歩く彼女

総悟はまた無意識に
彼女を引き留めていた

『…まだ、なにか?』
不思議そうに首をかしげた彼女
自分でも分からない
何で呼び止めて何を言うつもりだったか

ただ、胸の内にあるこの甘酸っぱい感情
それが何だったか思い出した


人はそれを恋と呼ぶ


『…お詫びってやつを頂いてねぇんですけど』
『あ…、はい。クリーニング代でしたら…』
『仕事は何時までなんでィ?』
『え、あたしですか?10時までですけど…』

『…待ってやす、連絡くだせぇ』

彼女の手に名刺を握らせて総悟は席に戻った

『総悟!遅かったな、ウンコか?』
『へい、そんなトコでさァ』

10時まであと2時間
彼女から連絡が来たのかどうか

それはまた、別のお話ってことで

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