いい上司の条件



オフィスを見渡せる位置に置かれたデスクに、恐い顔して座っている上司

鬼の部長、土方十四郎

同僚や先輩の女子たちはクールで素敵とかきゃっきゃうふふと騒がれているイケメン上司なのだけど…

わたしはこの人が苦手だ


『土方さん、頼まれてた資料をお持ちしました』
デスクの前に立ち声を掛けたら視線だけを上げてあたしを見る
それはまるで睨まれてる様でドキリとする

彼は手渡した資料に目を遠し一言だけ告げる
『やり直し』

『は?…今、なんて?』

『だから、やり直しだ』
彼の言葉に耳を疑った

『やり直しって…全部ですか?』
この資料作るのにどんだけ時間がかかったと思ってんでスか!それに結構自信があったのに一言で一蹴されてしまうなんてショックにも程がある

『ああ、明日の会議に間に合うようにな』
話は以上だとでも言うように土方さんは立ち上がり椅子にかけていたスーツのジャケットを羽織りオフィスを出ていった

フワリとタバコのかすかな匂いを残して


あたし、嫌われてるのかな
気のせいか土方さんはあたしに妙に手厳しい

『やり直し』と言われた資料を見ていたら悔しい気持ちを通り越して苛立ちにかわる

一度落ち着こう、資料を作り直すのはそれからにしよう

自販機でお気に入りの甘めのミルクティーを買った
一口飲んで一息つく
ほどよい甘さが気持ちを落ち着かせてくれる

『よし、がんばろう』
あの鬼の部長を見返してやるんだから

気をとり直してオフィスに向かう最中、喫煙室でタバコを吸う土方さんが視界に入り込んだ

こうして見ると確かに素敵だと自分も思う
艶やかで清潔感のある黒い髪にシワひとつないダークグレーのスーツ
どこか遠くを見てる切れ長の目

見た目だけならオフィスじゃ一番カッコイイ、むしろ会社で一番かもしれない

こうしてあたしが見とれてしまうくらいなんだから

そうしていたら不意に土方さんがこちらを見た

あたしは驚いて慌ててオフィスに戻ったのだった


就業時間が終わりを告げる17時の時報
パラパラと帰っていく同僚に先輩たちを見送ったあたしはまだ終わっていない資料作成に勤しんでいた

自分だけになったオフィスはカタカタとキーボードの音しかしない
暫く黙ってパソコンに向かっていたけれど無音が寂しくなって口を開いた

胸の内に秘めたる思いの丈を呟いた
『土方のバカヤロー』

面と向かっては絶対に言えないその言葉を口に出来たと思ったら何だかスッキリした気がする

しかし…

『…呼んだか?』
『えッ!?』

オフィスの入口に佇む人影
…土方さんだ

間違いなくバカヤローって言ったの聞かれたよね、聞こえたよね絶対

自分の失言に硬直して動けないでいると意外にも土方さんの方から声をかけてきた

『…資料作成はかどってるのか?』

『あ…はい、もうすぐ終わります』
あれ、怒らないの?
拍子抜けだった

『そうか、しっかりな。…それと、さっきのは聞かなかったことにしとく』
そう言い残して土方さんは踵を返した

『…お疲れさまです』

最悪だ
よりによって本人に聞かれてしまうなんて

しかし過ぎたことを悩んでもしょうがないわけで
あたしはまたパソコンにかじりついた


時刻は20時を回った

『これなら部長も文句はいわないでしょう』
ようやく完成した資料を見直してうんとめいっぱい腕を伸ばした

その時、足音がして目を開けるとさっき帰ったはずの土方さんがそばにいた

『えっ!?なんでいるんですか?』
『資料出来たんだろ?見せてみろ』
『は、はい!』

出来たばかりの資料に目を通す土方さん
あたしは静かにそれを見つめていた
内心はものすごく緊張していた

一通り目を通した土方さんが顔をあげた

『…どうでしたか?』

『ああ、これならいいだろ』
その一言で緊張の糸が切れ肩の力が抜けた『よくやったな、お前やればできんじゃねぇか』
ふっと笑みを溢した土方さんがあたしの頭をくしゃくしゃと撫でた

子供みたいな扱いに不満を感じたけれどそれよりも初めて見た土方さんの笑顔があたしの心を占拠した

『…土方さんも笑うんですね』
思わずそうつぶやくと今度はげんこつが降ってきた

『だまれ、お前はやればできるんだから最初から力を発揮しろ。けしかけないとできないんじゃ毎度めんどくさい』

…あ、もしかしてあたしに意地悪な態度とるのはやる気を出させる為に?
あたしが負けず嫌いだから?

『これからも頼んだぞ。』
『…頑張ります』

土方さんはまた優しく微笑んだ
そして…
『今日はお前頑張ったからな、ご褒美だ』

手渡された温かいミルクティー
あたしがお気に入りのものだった

『ありがとうございます土方さん、いいセンスしてますね。あたしこれ大好きなんです』
土方さんと甘いものっていうイメージが結び付かなくてこのセレクトはちょっと意外だった

『ん、だってお前いつもそれ飲んでんだろ?飽きもせず毎日毎日…』
『…あ、見てたんですか。………いつも?』
気にかけられてたいたことが意外で土方さんの顔色を伺った

すると
これまた意外や意外
薄暗いオフィスにもかかわらず土方さんの顔が赤くなるのが分かった

『…部、部下のことは、アレだろ。上司としていろいろ知っておかなきゃならねぇから…』
こんな取り乱した土方さんを初めて見た
しかも顔を真っ赤にして

『お、終わったんなら早く帰れよ?もう遅いからな、気をつけて帰るんだぞ!』
そう言ってそそくさとオフィスから出ていった土方さん

ああ、この人にも人間らしい一面があったんだなぁ…


残業したら何くれる?

大好きなミルクティーの他になんかもっといいもの貰った気がした


土方さんが苦手な上司ではなく、苦手だった上司に変わりました

企画サイトoffice Love提出



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