いかがわしい男



見上げれば雲ひとつない青空

眩しい太陽はてっぺんに

空を仰ぎながら散歩でもしたい感じ


そんな日に
どうかしてる

前方から大きな傘が歩いてくる

服装も
江戸の町には不似合いのチャイナ服、その上からマントを羽織ってた

『そこのお姉さん』
大きな傘はあたしの前で立ち止まった

傘から覗いたその顔は隙の無い満面の笑顔

『俺、すっごくお腹空いてるんだけど、この辺来たこと無いからわかんないんだ。だから美味しいご飯屋さんに案内してよ』

なに、この人…もしかしてナンパ?爽やかでにこやかなナンパなの?

『すいません、急いでるんで』

目を合わせずに男の横をすり抜けようとした瞬間
傘を持たない左手で手首をガッチリ掴まれた

痛くはないけど…
そう簡単に振りほどけない程の力強さ

『嘘だね、今までクレープ食べながら街をぶらついてたんでしょ?』

なッ!何でしってるの!?
いつから見られてたの!?

男はニッコリ微笑んであたしの口の端を指でぬぐった

『クリーム付いてるよ』

男の指先についさっき食べてたクレープのクリームが付いていた
そしてそのまま自分の口に運んでしまった

『ん、なかなか美味いモンだね』

カッと赤くなる頬

し、信じらんない!
なんなの!この男ッ!

『真っ赤になっちゃって、お姉さんカワイイね』

ボンッ

擬音が付くならまさにそんな音
あたしの頭の沸点はあっという間に超えていた

なんやかんやで
大盛りで味も悪くない定食屋さんに居るあたし

向かいに座るにこやかな男は一昔前に流行った大食いタレントみたいにテーブル一杯に並んだ料理を平らげていく
ご飯なんて大盛りどころかお櫃で少年漫画の主人公顔負けの食いッぷり

『ほんっと、美味しそうにたべますね』
作った人は嬉しいだろうな
こんなに幸せそうに食べてもらったら

『うん、やっぱり地球のごはんが一番美味しいや』

なんだ、ちょっとおかしな人だと思ったら…天人さんだったの

納得。


彼はほんの数十分でテーブル一杯に並んだたくさんの料理を平らげた

『ごちそうさまでした』
丁寧に積み上がった皿に手を合わせた

会計では定食屋ではかつて見たことの無い代金にあたしも店員さんも目を丸くするばかり
そんな金額を気に止めることもなくポケットからお金を出してのけた

…この人
金銭感覚もフツーじゃ無いかも

訝しげに横顔を見ていたらバチッと目があった

『眉間にシワ寄せてちゃかわいい顔が台無しだよ』
なんて言う恥ずかしい台詞をサラリと言えてしまうあたり大物だなぁと感心してしまう

『あ、また真っ赤になった』
楽しそうにあたしを指差して笑う彼

今までに無いタイプ
こんなナンパは初めてです

そんな彼にどぎまぎしながらも軽くあしらえないのは…

まっすぐにあたしに向けられた笑顔にちょっと惹かれてるのかもしれない


『さて、お次はデザートが食べたいな』

『えぇッ!?まだ食べるの?』
今しがた十人前…
もしくはそれ以上を平らげたばかりなのに

アンタの胃は宇宙ですか!
ブラックホールですか!

その細身のからだのどこにアレだけのご飯がはいっていったんだろう

驚きを隠せないあたしにまた笑顔を向けて彼は言った

『うん、次は美味しそうなお姉さんが食べたいな』

『………』


彼は素敵な笑顔とは裏腹な


なんていかがわしい男




企画サイト『embrace』 提出。


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