優しい手



君は

こんな雨のなか

何をしてるのかな?

冬の雨は容赦無く体温を奪っていく

それなのに君は傘もささず天を仰ぎ、どす黒く分厚い雲を睨んでいた




家族も住む場所も
大切なもの何もかも

全てを失った

裏では色んな顔を持っていた父
いつかトラブルに巻き込まれてしまうんじゃないかと、母がいつも心配していたのを私は知っている

けれど…
父親としての顔しか知らなかった私は幸せな日々がいつまでも続くと

信じて疑わなかった


しかし
現状は…悲惨な結末


これからのことなんて考える気にもなれず…

すべて灰になった我が家の前に立ちつくすだけだった

そうしている間に空は涙をこぼしはじめる

まるで涙を流すのを忘れた私の代わりに空が泣いてくれているみたいに


どれくらいそこに居ただろうか

体は芯まで冷えきって
着物も雨を吸収してずっしりと重たくなっている

けれど
そこから動く気にもなれなくて

“このまま、雨と一緒に流れてしまえたらいいのに”

ゆっくり空を見上げた時、大きな番傘が雨を遮った


『刀を持っているって事は、君も侍なのかな?』

ニッコリと笑みを浮かべた小柄な男
その容姿はまだわずかに少年っぽさを残す

彼は私が抱き締めるように抱えて離さない刀に興味を持った様子

『…侍、だったのは父です』

それは形見になってしまった父の刀。

『だった、というと今は違うの?』

『…死にました』

『そっか、弱かったんだ。仕方ないね、弱肉強食、弱い奴は強い奴に食われてしまうのが摂理だからね』

彼は笑顔で心ない事を言った

笑顔といってもその表情からは全く感情が読み取れず、怒りを覚える処か彼に興味が湧いた

『じゃあ、生き残った君は強いのかな?』


『あたしは…運がよかっただけ』

『そう?俺は強い者にしか興味がないけど…君には興味があるよ、何故かな』

彼の目は真っ直ぐに私を捉えていた

『…どうして、だろうね。今のあたしは誰よりも弱いと思うよ』

もうあたしには何もないもの
生きていく意味も無くしてしまった

生に執着を無くしてしまった時点でこの世で一番弱い存在かもしれない

『帰る場所が無いなら俺が作ってあげる。生きる意味も僕があげるよ、だから』

彼は傘を持たない左手を差し出した

『君はこの手を取ると良い、じゃなきゃ俺は拐ってでも連れていくよ』


気まぐれでも一時の気の迷いでも構わなかった

差し出された彼の手の温もりがあたしの冷えきって凍りついてた心を溶かしてくれたのは事実で

溶けた氷が瞳から零れ落ちる泪に姿に変えた


泪を拭う貴方の温かい手




刀には興味があった
というか…それを持つ侍に、と言った方が正しいかな

でもあのお侍さんは木刀だったけど

エリカの持っていた刀は随分と使い込まれたように古びていたが手入れが行き届いているのかとても美しい

刀はエリカに似ている

真っ直ぐで鋭くて…綺麗なところが

『刀に似てるって言われてもピンと来ないよ。綺麗だってところは素直に喜んで置くけど』

芯の強さって言うのかな
エリカにはそれがある
なんとなく、そう思う

根拠なんて無い
すべて俺の直感でしかないけど

『……君なら、強い子を産んでくれそうだね』

『…刀に似てるから?』

『俺が見込んだ女だからだよ、強くない筈がないじゃないか』

例え強くなくても
手放したくないと思う
何故かな

『なにそれ』
そう言って君は笑った


笑顔なんて今まで殺しの作法でしか無かったけれど

君だけには特別な笑顔を見せてあげてもいいかな


君にだけ、…特別だよ





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