(ヴォーカリストは夢をみるか)

「そうして、彼は、くびわを、を私、の、首にかけて、ふふ、ふふふ……! 完璧じゃん!こんなのtwitterに出そうものならいいねが100超えて認知されちゃうよ……!!」
まあtwitterにはあげないけど。呟いてみたけれどキーボードを打つ手は止まらない。時間も普段レポート制作のためにパソコンと向き合っているときよりも早く過ぎていくようで、ああ、これが集中しているってことなんだなあって思える。書き始めてからどれだけ時間が経ったんだろうって時計をみればもう夜といえばいいのか朝といえばいいのか、微妙な時間になっていた。なんだか磨りガラスから見える外の景色が白く光ってきているような気もするけど、今日は3限からだし別に授業のことを気にする必要もない。バイトの時に寝なければいいのだ。だからもう少しだけモモチくんの夢小説を書き進めて、そうしたら眠ろう。

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「……ライブハウス?」
「そ!本当なら別の子と行くはずだったんだけどさ、ゼミが入ってどしても抜けられないんだって。だったらあんた誘ってみよって思ったの。こういうとこ、行ったことないでしょ?」
「そりゃないけど……でも、怖いし、絡まれたら私、お金差し出すしか」
「べつにあたしがいるじゃん!一応慣れてるから友達が絡まれてるの置いて逃げたりしないよ。手、引っ張ってあげるし」
「逃げるんだ……」

モモチくんに初めて出会ったのは大学の友達に誘われたライブハウスだった。と言っても一方的に私がモモチくんを見つめていただけだけど。
人見知りでまだ友達が少なかった私にとってただ居心地が悪いだけだった大学で話しかけてくれた子が、いわゆるバンギャってやつだったのだ。ぐいぐいと誘われるがままにじゃあ行ってみようかなって軽い気持ちとは真逆で防音のために鉄でできた重たいライブハウスの扉を開いた私は、そこから見える景色に圧倒された。全体的に暗い部屋の中にたくさんの人がひしめきあっていた。ライブに誘われなかったら一生会うことのなかっただろう人たちだ。女の人のほうが多かったけれど男の人もいて、年代もまちまちだった。お母さんぐらいに見える人もいたし、私よりも年下にみえる子もいた。そんな暗い部屋の中でたった一人だけ、彼だけが輝いていた。いくつものスポットライトに照らされて、彼が動くたびに汗が飛んで、その汗さえもライトの光をうけて煌めいていた。
友達は慣れた様子で私を前へ前へと手を引いてくれた。そうして彼の近くまでたどり着いた私は彼の顔から目が離せなかった。なにせテレビで見かけるアイドルよりも顔がいいのだ。普段まじめに顔を見ていないせいかもしれないけど、それでも彼の緑色の髪を、紫色の瞳を、中性的な顔つきを、ここから見てもわかるほどの細身の身体全て、きれいだと思った。彼のきらめきにあてられて熱でも出たのかと思うほどに顔が火照っていた私にはそう思うしかできなかった。彼が歌う曲だって、アイドルの定番ソングのような王道の曲調でさえあったけどそこでも普通のアイドルと彼との格差が如実にあらわれていた。
途中から入ってきたこともあってその曲はすぐに終わってしまって、MCにはいった。そこで彼が可愛らしく「モモチでーす!」と名乗って初めて私は彼の名前を知った。
モモチくん、モモチくん。頭の中で何度も反芻してみた。歌っているときはかっこよくて、きれいで、話してみれば人当たりのよさそうなモモチくん。ギャップにやられてしまう。他のメンバーは目に入らなかった。彼のことを好きにならないはずがなかったのだ。

そこからは何度もモモチくんのライブに足を運んだ。
Veronicaのボーカルで、私が知らなかっただけで大きなフェスのトリを飾って有名になったらしい。数年前には違うバンドで有名だったことを知った時はショックだった。その頃から知れていれば私はモモチくんのファンだって自信を持てて、ライブ会場でも堂々とできていたのかなって何回も考えた。接近イベだって行けてない。情報収集用に作ったアカウントに流れてくるレポを片っ端から見て他にもないかと検索して終わらせてしまっている。だって接近って、接近て。近くでモモチくんの顔が見れてしまうってことで。そんなの絶対耐えられない。モモチくんの輝きで私の目が潰れてしまう。そんなことでモモチくんを加害者になんかしたくなかったし、むしろ私の顔がモモチくんに見られているってことに耐えられないだろうと思ったからだ。あの瞳に見つめられたら絶対に今後の生活に支障がでる。少なくとも今そうやって考えるだけで緊張してしまうのだから。
まだ私には財布の中身全てモモチくんに捧げられるほど覚悟が決まっていなかった。だからせめて、会うことはできないけれど自給自足を……と慣れないながらに自分の妄想を、夢小説を書き始めてみたのだけれど、これは、なかなかにいいんじゃないだろうか。
文章上とはいえ、私の頭の中だけとはいえ、モモチくんに人を監禁させてしまうのも申し訳ないと思ったけど、正直すごくありだ。
どうしてこんな事を考えるようになってしまったのか。
最初にその話を聞いたのは初めてモモチくんのライブに行ったあの日だった。モモチくんに感動して友達にすごいね、よかったね、と話して「あんなに人当たりも良さそうで」と言う私に彼女はモモチに裏の顔があるらしいと言ってきた。別にいいじゃないか。そこまで完璧な人でなくたっていいとその場では言ってみたけどどうにもその言葉が頭から離れなかった。確かにモモチくんを追っていると時たま同じCRに所属しているヴォーカリストたちやスタッフに素でコメントしているときもあったけど、あれぐらいなら裏の顔とは言わないだろうと思ってはいた。けれど、そうして引きずり続けていざ夢小説を書こうと思った時に真っ先に頭に浮かんできたのは私の脳内に居座り続けていた「裏のあるモモチくん」だった。そこからは連想ゲームのようで、裏の顔を持つ人、性格に多少の難がある人、不安定な人、怖がりな人、そんな人がしそうな事……と考えるうちに監禁が浮かんできたのだ。彼女が好き過ぎて自分の家に縛り付けてしまうだなんて、少し妄想に没頭しすぎただろうか。だってあんなにきらきら輝くような人が一人の人間にそこまで執着するのだろうかって考えてしまう。けれどもし、本当にそんなことがあったらすごい事だって思う。もうここまでくると閉じ込める対象が私かそうじゃないか、好意を向ける対象が私かどうかなんて二の次で、モモチくんがそんな俗世的な感情を持っている可能性を見出してしまったことに少しの恥じらいさえ覚える。現実と妄想を混同したらいけないことは十分わかっているけど、そんな事を考えるだけで背徳感を感じてしまうぐらいモモチくんが輝いているから。

「やっぱりずっと画面見てたし疲れたな、もう寝たほうがいいよね」

パソコンの電源を落として、さっきまで睨めっこしていたせいで凝り固まった肩や目頭を揉みほぐしながらベッドに潜り込んだ。
モモチくんのホーム画面を開けると最後に呟いていたのは2時間前だった。こまめにtwitterを更新してくれるのも、普段のモモチくんを知れるから好きだった。チアーズたちへのおやすみのメッセージといつもの紫色のハートマーク、「ボクはもう寝ちゃうけど、いい夢みてね」そう綴られたツイートを目でなぞり、慣れたようにいいねをとばして目を閉じる。

モモチくんは今頃、どんな夢をみているのだろうか。

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