(死なばもろとも)

その子と初めて話したのは、2年生になって初めての中間テストと期末テスト そして夏休みが過ぎた、2学期のある日。まだまだ夏の暑さと蝉の声が止まない頃だった。

私がボーダーでの仕事が入った日に限ってHR中に委員会決めがあり、そんな時に限って挙手による希望者がなかなか埋まらない図書委員会に代理人によるくじ引きがあり、晴れて私が図書委員に当選したのだと、次の日の朝学校にやってきた私に教えてくれた。

「うそだぁ」
「本当だよ」
「誰が私のくじ引いたの」
「出水くん」

昨日の夜本部で会った時には微塵もそんな様子を見せなかった出水を心底憎んだ。
せめて一言「お前今学期図書委員だぞ」とでも言ってくれればよかったものを...... いや、それもそれでむかつく。

「私、ボーダーがあるから当番とかで迷惑かけちゃうよ」
「図書委員の仕事って本当は1人でもできちゃうの。暇だから本読めちゃうくらい」

予想外の答えだった。基本放課後にボーダーの仕事が入っているのは本当。
当番の時に1人になってしまうであろう彼女への申し訳なさを抱いているのも本当。
だけど本当は「それじゃあ私から先生に苗字さん以外の人に図書委員になってもらえないか聞いてみるよ」と言ってほしかった。我ながら最低だと思うけど。
でも暇なときに本を読めるなんて聞いたら話は変わってくる。
ボーダーにいるときもシフトとシフトの間や1人の時間ができたら諏訪隊の部屋に入り浸って本を読むぐらいには私も本が好きなので、学校で空き時間に本を読めるなら願ってもないことだったのだ。

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そこから私たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。
最初に図書室で当番の際にしなければならない事を教わった。例えば日誌の書き方や返却された本の位置、バーコードの通し方、帰り際に部屋を出るときは必ず鍵を閉め、職員室に返すということ。
返却されて自分がもといた棚へ帰るのを返却カウンターに積まれてじっと待つ本の数を見て、確かにこれは彼女1人でもできるだろうと感じた。
その後は私が本部に行く時間になるまでお互いの好きな本について話した。

推理小説や海外の小説、しまいには時代物についてまで聞かれてもないのに答えだす私の話を彼女は嫌な顔1つせず聞いてくれたし、それどころか堤さんが博打のように買ってきた無名の著者が書いた小説に心引かれたらしく、わざわざタイトルをメモしようとしたので明日持ってくるよと約束した。

その日の晩に堤さんに事情を話し、本を借りてもいいかと聞く。快く承諾してくれ、さらに何かめぼしい物があれば貸そうかと聞いてくる。

「一昨日この人の新刊が出ててね。俺はもう読み終わったから持っていくといいよ」
「本当にいつもありがとうございます......」
「お、苗字じゃねーか。何してんだ」
「本借りにきたんです。学校の子がこの前堤さんの買った本に興味もったらしくて」
「なるほどな...... そうだ、俺もまだ積んでるやつがあんだよ。持ってけ」
「あ〜〜本当にいつもいつもありがとうございます......」

おサノと日佐人には出会えなかったので、2人によろしくお願いしますと告げて部屋を出る。
次の日、約束通りに堤さんの本と諏訪さんセレクトの本を渡すと彼女は目を丸くした。
そりゃそうだ。昨日貸すと言っていた本は1冊のはずなのに、今私が彼女に渡そうとしているのは紙袋に入った本の山だ。

「ごめんね、昨日貸すって言ってたのはこれだけで、残りは全部別のボーダーの人が貸してくれた本なの」
「すごい...... こんなに本を読む人いるんだね」

うちの学校にも本を読む人は少ないから意外だなと彼女は言うけど、まあ、あの日がなやることの少ない図書室を思えばそうなるだろう。

「本当にすごいね、わ、この作者さんまで押さえてる。図書室で何冊かは読んだことがあるけど、新刊までは追えてなかったの。いつかお礼言わせてほしいなあ」

ご丁寧にも彼女はその日の間に堤さんの本を読み終えて私に感想を伝えてくれた。
あそこの心理描写が丁寧で、ここの2人の距離感が、主人公が決意する場面...... どれも昨日堤さんが私におすすめしてくれたポイントと同じで、2人はきっと気が会うんだろうなあと思わずにはいられなかった。
「残りはまた読み終わったら返すね」と言う彼女と別れて本部へと足を運ぶ。シフトの間にできた時間で堤さんの元に向かいその事を伝えると「俺が買って支えなきゃ......」とまだまだ知名度の低い著者への使命感に駆られていた。わかる。

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彼女は本当にどんな本でも読む人だった。
推理小説も時代物も賞を受賞したものも隔てなく読んだし、海外のものは翻訳版を読んで気になったものがあれば原本を本屋で購入し、辞書を片手に読んでいるのを見たこともある。時おり真剣な眼差しで文字を追う彼女を眺めて、そこから彼女の真面目さが測れたと同時に貪欲さを私が垣間見たということを、彼女は知っていたのだろうか。

昼休みや放課後の暇な時は一緒に図書室に行った。
私が出水や米屋と遊んでいるときや他クラスで三輪と話しているときなんかは彼女は自分の席で静かに本を読んでいたけど、当番の日がくれば図書室での本の話題は尽きない。
この前デビューした作者の本、いまいちだったなあ。私、あの人よりは影響を受けたって書いてた人の方がすき。 名前ちゃんならそう言うと思った。でも私は好きだな。 私もそう言うと思ってた最後のとことか、すきでしょ。 ......当たり

そのまま2学期は過ぎていこうとしていた。

3学期にはちゃんと先生に委員会を決める日を聞こう。急な仕事なんかが入らないようにして、また出水に引かれたらたまったもんじゃないし、そうじゃなくても万が一に米屋が代理人に立候補したときを考えたら寒気がする。

「......そういえばさ、前に本貸してくれた人に会いたいって言ってたよね」
「言ったなあ〜 あれから私、新刊見たら買うようにしてるんだよ」
「今度会いに行こうよ。2人とも大学生なの。滅茶苦茶いい人でさ、堤さんと諏訪さん...... もう1人の人はたくさん本を貸してくれた人。顔が怖いって言われやすいけど、やっぱりいい人なの」
「そうなんだ。ボーダーっていつもどんなことしてるの?」

話さないようにしてるわけではなかった。
ただ、ボーダーのことを話す相手はなんとなくボーダーの人という認識が私の中にはある。多分だけど出水たちだってそうだろうし極端な話、桐絵だって星輪の同じクラスのなかでは玲ぐらいしか話す人はいないだろう。
ボーダーの人たちはみんな親切だし仲がいいと勝手に思ってるけど結構当たってると思う。かくいう私もボーダーのみんなはある意味第2の家族と言ってもいいぐらいには信頼してるし。

そうだ、家族というなら両親には掻い摘まんでだがボーダーで起こったことをたまに話したりしていた...... けど、やっぱりそれも風間さんに自販機でジュースを奢ってもらった話とか先輩たちに勉強を教えてもらったりの日常の話しかしていない。
というかできない。模擬戦での話やランク戦の話はしないしましてや、任務の話なんて暗黙のうちに控えていた。言いにくいから。

「いつもは防衛任務をしてるの、ネイバーが出たりしたら私たちが倒す。それが仕事だから」
「......危なくないの?」
「全然。アバターを使って戦ってるようなものだし、本当に危険な状態になったら体が本部の方に飛ばされるから」
「他には?」
「他は模擬戦かランク戦ばっか。強くなるには必要な事だし」
「その模擬戦......って?」
「ボーダーの人と戦うの。剣とか銃で戦って勝ち負け決めたり、ポイントに応じて上位を決めたり。死なないし、トレーニングみたいなものだよ」
「誰と?」
「誰とって...... 例えば」

出水とか。そう言うと彼女は驚いたような顔を見せる。目は少しだが大きく開き、隣に座る彼女の手は強くスカートを掴む。

「もちろん1人とだけじゃないよ。色んな人と組むの。」

同じクラスの米屋や三輪、熊、とりまる、特に嵐山隊の充と佐鳥ならわかるだろう。しかし彼らの名前をあげる度に彼女のスカートを掴む力は強くなり、私から目を反らす。なんで、どうしたの、と聞いても彼女は口をつぐんだままだ。

「......そんなの、おかしいよ」
「え?」
「だって、名前ちゃんが出水くんとかと戦うって、そんなの、変だよ、」

彼女が言うには私がなに食わぬ顔で剣、スコーピオンや弧月、あとアイビスやライトニングといった銃を口に出したことが、倫理や...... そう、道徳的観念からみて問題なのだと、大まかにだがそう言いたいのだろう。きっと。

「大丈夫だって。確かに今私が首切られたら死んじゃうけど、ボーダーで戦うときは首が切れても死なない。
昨日も米屋に槍で後ろから刺されたし、まあ私も油断してたから自業自得なんだけど......」

言い訳のようにつらつらと言葉を並べ、仕切り直しの気持ちもこめて彼女の方に向き直ると、彼女は見るに堪えないようなものを見るように私を見ている。その居心地の悪さに、やっと私は民間人に対しての境界線を越えてしまったことに気づく。

「名前ちゃん、一昨日の昼休みに出水くんとゲームしてたよね」
「してたよ」
「昨日、三輪くんに本を貸して笑ってたよね、仁礼さんにお菓子食べさせたりしてたよね」
「うん」
「じゃあどうして、人と戦うの」

光ちゃんとはオペレーターだから戦わないよ。
そう言おうとして口をつぐむ。彼女がこんな言葉を求めているわけではないことがわかりきっていたからだ。
私はみんなと強くなるのが楽しいから戦ってただけで、正直そこに意味なんて求めてなかった。
楽しく強くなれて、まあたまに挫折しそうになるときもあるけど、その強さで周りを守れるし、お金だって貰える。米屋と勉強もこうだったらいいのにと何度も愚痴のように言っていたし。

「......ごめん。そうだよね」

咄嗟にごめんだなんて言葉が口をつくが、そんな気持ちは持ってなかった。
シフトだって模擬戦だって、ボーダーは私のなかで大きな割合を占めているのに、それを否定されてもごめんと言うしかなかった。
もしも誰かが私に「その戦い方変だよ」なんて言ってきたなら反撃したりじゃあどうしたらいいの?とか言えるのに。

その後彼女と話せることもなく、気まずさでいっぱいのまま私はその日もボーダーに向かった。
あの日を境に彼女と話すことは極端に減った。もともと本の話しかしてなかったんだ。
むしろ本以外の話題で私たちが共通するものなんてなかったに等しいのに、さらに彼女の地雷らしい話題に触れたことでついに彼女と私の縁は元の更地に戻った とでも言えば妥当だろう。

「私変なこと言った......? あれダメ......? 地雷? 地雷だったの......?」
「そんなんじゃないだろ」

てかお前まだ引きずってたのかよ 呆れたように出水は言うが、食堂で観葉植物の陰に隠れてお茶を啜っていた私を見つけた彼が前に座って、かれこれ2時間は経とうとしている。その間ずっと私の話を聞いてくれてると思えばそんな呆れた口調も気にならない。むしろ天使、神の遣いだともいえるだろう。
こっちが長話に付き合わせて謝りたいぐらいなのに。

「気にすんなよ。どんなやつだっておれらが何かしたら終わりだぜ?」
「民間人へのトリガー使用は規定違反だし、
女って殴り合いで解決できるわけじゃないんだよなあ」

残念だけど と付け足すも心の中で これが熊なら10本でも模擬戦をすれば仲直りできたのに。と一人ごちる。実際仲直りしたこともあるし。

界境防衛組織「ボーダー」、4年半前の第一次大規模侵攻から日々公になって人々を守る民間組織。
かくいう私も毎日毎日近界民を倒して町の平和を守っている。 給料のため? 半分正解で半分はずれ。
けれど、若い人なら多少例外がいるとはいえ、ボーダーに理解を持ってくれてる人ばかりだと思ってた。昔から野次を飛ばすのだって、辞めてしまえと怒鳴る人だって、基本大人の人が多かったから。
まあでもそんな人たちも、近界民に攻撃されたらひとたまりもなく死んでしまうのだけれど。

「それに、おれたちがやめたらあいつら死ぬだろ?」
「うわ、誤解されそうな言い方だ」
「なんだと」

出水も考えることは同じなようで、私の顔を見てにやりと笑う。知ってるよ。
だから私は頑張ってる。嵐山さんたちもボーダーに否定的な意見を持たれないように頑張ってる。上層部が常に過労なボーダーに頑張っていない人なんていないはずだ。

どんなに嫌われても私たちが死んだら彼らも死んでしまう。
一蓮托生は言いすぎかもしれないけど、ボーダーが地球を守ってると言っても過言ではない、かもしれない。だから私が倒れそうになったら誰かが支えてくれて、誰かが倒れそうになったら私が支える。

「出水が死にそうになったら私が守ってあげるね」
「そこまで落ちぶれちゃいねーわ」

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