(お前逹は彼氏じゃない)

「苗字さん、俺と、付き合ってくれないかな......」
私の目の前で耳を真っ赤にさせて、教室の床を見つめてそう言うのは同じクラスの村田くんだ。
同じクラスだからといって、そんなに仲がいいわけでもなかったが、好きだと言われて嫌な気持ちになるか?いや、ならない。正直めっちゃ嬉しい。
彼氏がいない歴=年齢の称号をもつ私だったが、今日でそんな不名誉なものとはおさらばだ。グッバイ独り身こんにちは青春。

「私なんかでいいならもちろん「ちょっとまったあ!!」
「うわっ」
「うわあああ!!」

やっぱり来るのか、来てしまうのか。

放課後独特のセンチメンタルさを感じさせる夕焼け、私と村田くんの、いつもより少し長い影が伸びる教室の雰囲気をぶち壊して急に表れたのは幼なじみの竹谷八左ヱ門だった。

「なぁ村田、こんなやつやめといたほうが絶対いいって! こいつ学校ではそこそこ大人しくしてるけど、部屋なんか滅茶苦茶汚いし休みの日には1日3食全部カップラーメンですませようとする女だ「本当にやめて!?」

まただ。ハチはいつもそうだ。いや、ハチたちはとでも言うべきか。
いつもいつもこうやって私が異性といい感じの雰囲気になる度に邪魔をしにきてはおじゃんにする。
村田くんの顔を見てみろ。今まで大して接点がなくて、しかも不良だと思っていたやつが急に話しかけてきてどうしたらいいんだ。とでも言いたげな顔をしている。私もそう言いたい。でもそんなこと今はどうでもいい。
幸い今日はハチ1人だけのようだし、どうにか誤解を解いて村田くんをクラスメイトから彼氏へランクアップさせないと……

「ち、違うの村田くん!これは「いいや、俺もこんな女と付き合うのはやめといたほうがいいと思うぜ、村田」「そうだよ!村田くんにはもっといい彼女ができると思うな」
「ああ、あぁ……」

新たに加わった2人の声を聞いて確信する。終わった、もうだめだ。私には彼氏なんて一生できないんだ。
彼氏の自転車で2人乗り、放課後に買い食い、家に遊びに行って起こるハプニング…… ついさっきまで思い描いていた淡い妄想が額から流れる汗と一緒に
崩れ去っていく。てかこの女呼ばわりって酷くない?

ハチだけだと思うのがそもそもの間違いだった。昔からずっとそう。私がいるところにハチあり。ハチがいるところには雷蔵あり。そして雷蔵いるところに鉢屋三郎ありなのだから。
確かにこいつらは大事な幼なじみだ。ずっと一緒に育ってきたようなもので。でもそれとこれとは訳が違う。
私は!彼氏が!!欲しい!!!
毎日毎日決まったやつとばかり話して、したくもないのにいつの間にか狭く深くをモットーに掲げているような交友関係を築いていたせいで、何度枕を涙で濡らしたか。そう過去に思いを馳せていると村田くんが口を開いた。

「で、でも…… 俺、苗字さんが好きなんだ……! 付き合いたいって思ってるし、ちゃんと幸せにだってしたいと思ってる!」
「村田くん......」

これ、いけるのでは??
今までことごとく彼氏ができるチャンスをこいつらに奪われてきてたけど、もしかして村田くんとなら付き合えるんじゃない???
頭いいし優しいし、たった今私を絶対に幸せにする宣言までしてくれた。
滅茶苦茶いい人じゃん!こんな優良物件、もう現れないに決まってる

「村田くん!こんなの気にしないで!!私も村田くんの事がす「お遊びはここまでだ。名前には悪いけど、残念なお知らせがあるんだ」「兵助......」
「そう、とびっきりの悪い知らせがね」
「勘衛門......」

どうしてこうなるのだろう。こうなったらやけだ。悪い知らせだろうと聞いてやろう。聞くのは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってね。意味が違う?もう見逃してもらいたい。

「実は村田、一昨日岸本さんにふられたんだよね」
「しかも、『あんたと付き合うなら名前と結婚するから』って、それはもうこっぴどく」

大体察した。私の大親友である岸本さんこと岸本優衣が、私をダシにしてこっぴどく村田くんをふった。そして、優衣の親友である私と付き合っていつか酷い別れかたをしようとしたのだろう。つらいよな、村田くん。その気持ちわかるぞ……
それにしても優衣、罪な女……

「そんなことはない!僕は本当に苗字さんが好きで!!」
「へぇ、じゃあ名前の事どれぐらい知ってるの?」
「生年月日は?血液型は?好きな動物、映画、食べ物、科目、住所、合鍵の隠し場所、ロック画面のパスワード」
「まさか、全部知らないなんて言わねぇよな?」
「ち、違う…… 僕は……」
「何も答えられないの?」
「上辺だけで知ったつもりになって、よく名前のことが好きなんて言えるよね」

本当によくやるよなぁ……
こいつらは私が告白される度に邪魔をしてくる。しかも、相手が引かなかったら私達以外知らないような話題を引っ張り出して「お前は私にはふさわしくない」と言うのだ。もはや決め台詞だと言っても過言ではないだろう。ヒーローものか何かかな?
正直過保護なんだかよくわからなくなってきた。

そう考えているうちに言いくるめられたのか心を折られたのか、過去の彼氏候補こと村田くんが教室を出ていく。できることなら彼氏になって欲しかったなぁ…… 一緒に青春したかったよ村田くん。
いつになったら私はこいつら以外の男とつるめるようになるんだろう。誰かに教えてもらいたい。

「よし、じゃあ帰るか、名前!」

それなのに5人のこの笑顔見てたらそれも悪くないと思えるのがまた、たちが悪い。

「ていうか、ハチ達はまだしも兵助と勘衛門はまだ4年しか付き合ってないよね」
「何言ってるんだ?もう4年も付き合ってるじゃないか」
「あぁ、そうだよね。そう…… そうか……」

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