気分じゃないの

イルーゾォと一緒にいると、ろくなことがない。
雨の日は湿気で髪が纏まりづらいのか1日中不機嫌でうるさいし、私が気に入ってるバールにイルーゾォも通いだしたら3ヶ月後に閉店した。この前なんて、仕事帰りに一緒に歩いてたら肩に溶けたジェラートを落とされた。しかもピスタチオ味の。そんな私の話をゲラゲラ笑いながら聞いているのは、暇そうにしているメローネとギアッチョだった。ギアッチョは「もっとないのか」とおかわりを要求してくるし、メローネは笑い過ぎて過呼吸みたいになっている。

「楽しそうだね二人とも」
「そりゃあ、他人の不幸は蜜の味だからね」
「おい、早くあいつ呼んでこいよ」
「無理無理。絶対出てこないって」

リビングの壁に掛けられた鏡をちらりと見て、溜息をつく。私がアジトを出るまで、彼はきっとあの中に引きこもったままだ。夕方から1件、一緒に行く任務があるのに。暇そうなこいつらに代わってもらえないか、後でリゾットに頼もう…立ち上がり、濡れた髪を乾かすために事件現場であるバスルームへ再び向かった。

明け方まで仕事があり、くたくただった。一刻も早くシャワーを浴びて、ワインを飲んで眠りたい。だから現場から自宅よりも近いアジトに帰ることにした。タイミング悪く、バスルームはリゾットが使っている。しょうがないのでワインを開けようとキッチンでがさごそやっていると、思っていたよりも早くリゾットがバスルームから出てきた。

「イルーゾォが朝メシ買いに行ってるが、食うか?」
「うん。食べる」
「お前は風呂に入れ。俺から連絡しておく」
「ありがとう。ブリオッシュとダブルのエスプレッソね」

出したばかりのワインを片付け、彼の言葉に甘えてバスルームに向かう。このシャツはもうダメかもしれない。何度も染み抜きをする手間を考えると、新しいものを買った方がいい気がする。洗濯機ではなくゴミ箱にシャツを捨て、ボトムも脱いで下着を外そうと背中に手をまわした時だった。

「おいリゾット、あいつが帰ってきたら朝メシいるか聞い…」

何をどうしたら筋肉ゴリラのリゾットと私を間違えるのだろう。本当に失礼な男だ。ぬるりと洗面台の鏡から半身を出したイルーゾォと目が合うと、目を見開き顔を真っ赤にさせて何か叫んでいる。うるさいな。

「何でお前がいるんだ!」
「何でって言われても」
「ふっ、服を着ろッ!」
「今からお風呂入るんですけど…」

また何か叫んで、彼は鏡の中へ引っ込んでいった。とりあえず今は熱いシャワーだ。イルーゾォのことはどうでもいい。そうしてきれいさっぱりしてからバスルームを出ると、いつの間にかリビングにいたメローネとギアッチョがにやにやして私を見ていたのだ。 何があったのか聞かれたので先程の事故について話し、ついでにイルーゾォへの日頃の恨みもぶちまけてやった。
ドライヤーのスイッチを入れて、温風を髪にあてる。ついでに、イルーゾォが使っているお高いヘアオイルを手に取った。人の裸をタダで見たんだから、これくらいは許されるだろう。根元と毛先にしっかり付けて髪を乾かせば、ベルガモットのいい匂いがする。いつもイルーゾォから香るのはこれだったんだ。それを知ったところで、どうもしないけど。リビングに戻ると、メローネとギアッチョの興味は既に今日行われるサッカーの試合に移っているようだった。ダイニングテーブルに置かれた紙袋を見つけ、そちらまで歩く。

「イルーゾォは?」
「あっちで食べるらしい」
「ふーん…」
「何かあったのか?」
「ううん、別に。バスルームで裸見られただけ」
「災難だったな」

ビスコッティを齧りながらニュースペーパーを読んでいたリゾットが顔を上げたので、一応聞いてみた。あっちというのは、鏡の中のことで間違いないと思う。

「無駄なことにスタンド使うなって言っておいてよ」

私の言葉に小さく笑うリゾットは、朝だというのに疲れ切った顔をしていた。たぶん昨日も一昨日も満足に寝ていないんだろう。そんな彼の負担を増やす訳にはいかないので、夕方からの仕事はやっぱりイルーゾォと一緒に行かなければ。紙袋を開け、ブリオッシュとペーパーカップを出す。エスプレッソにしては随分カップが大きい。一口飲み、その甘さに思わず顔を顰めた。

「……」
「どうかしたのか」
「マロッキーノが入ってる」
「俺はちゃんとダブルのエスプレッソを頼んだ」
「うん。リゾットのことは疑ってないの」
「…災難だったな」

マロッキーノも好きだけど、今の気分じゃない。イルーゾォにそう文句を言うのは後回しにして、ブリオッシュに齧りついた。

騒いだらぶっ飛ばす、とメローネとギアッチョに念を押してから、ベッドルームへ向かう。キックオフは15時からだから、それまでには少しでも寝たい。試合が始まってしまえば、アジトのリビングどころか隣近所まで騒がしくなるからだ。ベッドに身を預ければ、直ぐに眠気が襲ってくる。安いマットレスなのに、アジトのベッドは何故か寝心地が良かった。
1時間程経っただろうか。かちゃり、とドアの開く音に意識が浮上する。誰かを確認するのも面倒だし、まだ眠りたい。寝たフリを決め込んでいると、ふわりと頭を撫でられる感触がした。目を開けなくてもわかる。今自分が纏っているのと同じベルガモットの匂いがするからだ。私の頭なんて握り潰せそうなくらい、イルーゾォの大きな手はゆっくりと髪を梳くように滑っていく。

「……悪かった」

この男にも一応、人に謝るという機能が搭載されていたらしい。溶けたジェラートが私の服を汚した時も、任務中の潜伏先で私の足を思いっきり踏んづけた時も謝らなかったくせに。自分のものとは違う、柔らかい髪が頬を掠める。それから小さなリップ音が頭の上の方からしたので、そろそろいいかと目を開けてやった。

「なッ!? 何で起きてるんだッ!」
「寝込み襲うなんて。えっち」
「へ、変なことを言うなッ! というかお前、またヘアオイル勝手に使っただろう!」
「うるさいなぁ」

一緒に寝る? なんて聞いてあげてもよかったけど、私はまだそんな気分じゃないから、ベッドルームから追い出してやった。そんなことを続けていたらバチが当たったのだろうか。新しく見つけたバールでイルーゾォをデートに誘うと、買ったばかりのロエベの財布にエスプレッソをぶちまけられた。そんなに嬉しいなら、もうちょっと別の喜び方してよ。やっぱりこの男と一緒にいると、ろくなことがない。先が思いやられる。



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