太陽とチョコレート

「……なんでキスしたんだよ」
「俺にも分からん」
「分からんって…」
「なんか、ぶり返した」
「風邪じゃねーんだからよォ……」

皿の上のアンティパストに群がるピストルズとは対照的に、目の前の男が醸し出すのはどんよりと重たい空気。テンションの高低差で俺の方が風邪引くわ! そうつっこめたら良かったんだが、今そんなことを言ったらアバッキオにぶん殴られそうな気がしたので、静かにグラスの水を一口飲んだ。
なんでこんなことになったんだっけ。あぁ、そうだ。思い出した。今日は元々、俺とブチャラティで仕事に行く予定だった。それが突然、彼女に「代わってほしい」と言われたんだ。ブチャラティから許可はもらってるって言ってたし、俺としては二日酔いで頭が痛かったから、待機になるならラッキー。そのくらいにしか思ってなかった。
いつものリストランテに向かえば、なんとびっくり。俺の目に映ったのは、彼女とアバッキオがキスをしているところだった。情熱の我が国イタリアではそんなの日常茶飯事だが、さすがに気まずい。どうしてかって、こいつらは仕事仲間だし、何より二人の関係は拗れまくってる。
見たところによると、逃げられないようにアバッキオが彼女の腰も頭もがっちりつかんでいるみたいだ。つーかアバッキオ…舌入れてねぇか? 二人は俺の存在に気付いていないみたいだし、どうすることもできずにボーっと突っ立ってると、うっすらと目を開けた彼女と目が合う。俺がやべぇと思うより早く、彼女はスタンドを出してアバッキオの後頭部を思いっきりブッ叩くと、俺の横を目にも止まらぬ速さで通り過ぎて行ってしまった。

そして今、この状況である。

「ミスタ! オカワリ!」
「モットクレ!」

いい意味で空気が読めない、腹を空かせたピストルズ。その存在に今日ほど感謝した日はない。無理だろ。俺一人で出来損ないのゾンビみたいなアバッキオの相手するの。

「つーかアバッキオ、今日休みじゃなかったか?」
「フーゴと代わった」
「あぁー…なるほど。そういうことね……」

新たにサーブされた料理を、ウェイターが去ってからピストルズ達の前に置き直す。No.5は相変わらず食いっぱぐれて泣いている。泣きたいのはあいつの方だろう。来ると思っていたフーゴではなく今日は休みのはずの元カレが現れ、オマケにキスまでぶちかまされたんだから。しかも結構濃厚なやつを。不機嫌そうな目の前のゾンビを眺めながら、先ほどの彼女のことを少し不憫に思った。

原因は知らない。別れを告げたのはアバッキオの方から。しかもかなり一方的に。俺らが知ってるのはそれだけだった。付き合ってる頃の二人は幸せそうに見えたし、こいつらに終わりなんてないとさえ思ってた。別れた後も彼女は俺らの前では今まで通りだったし、アバッキオへの恨み言を言う姿なんて一度も見たことない。
そんな彼女が俺に仕事を代わってくれと頼んできたのは、よっぽどアバッキオと二人になるのが嫌だったからだろう。実際あいつはフーゴと無理矢理休みを代わって、ここで彼女を待ち伏せていたみたいだし。自分から振ったくせに。何をやってんだこの男は。

「そんなに気に入らねーのかよ。あいつが他の男とデートしてたの」
「……」
「おいおいマジかよぉ」
「んだよわりーかよ」

ばつが悪そうな顔をしているアバッキオは、自分の皿からタリアータを一切れ、他の奴らに見つからないようにNo.5にそっと渡していた。こういう優しさは、あいつに似ていると思う。美味そうに食うNo.5を見て、小さく笑うところまで。彼女にそっくりだ。

「別に悪くはねーけどさァ…つーか俺、アバッキオに聞きたかったことあんだけど」
「なんだ」
「何で別れたんだよ」

未練タラタラのくせに。他の男とデートしただけで、相手の同意も求めずにやらしいキスするくらい嫉妬してるくせに。本当はそう続けたかったけど、アバッキオの不機嫌は何処かに飛んでいってしまったみたいで、急に切なげな顔つきになっている。そんな相手に嫌味を言えるほど俺は意地悪じゃないから、その言葉は心の中にスっと隠した。

「…俺はあいつを幸せにしてやれない」

それを聞いて、言葉足らずなアバッキオの悪い癖がまた始まったと頭を抱えたくなった。こいつ、どうせロクなことしてない。賭けてもいい。

「そんで、あいつになんて言ったわけ?」
「…別れるか、パッショーネ抜けるか」
「お前そんなこと言ったの!?」

ほらな。何その究極の二択。お前あいつのことめちゃくちゃ好きだったじゃん。ブチャラティと3人で飲んだ時、ベロベロに酔っぱらいながらあいつのどこが可愛いとか聞いてもねぇのにベラベラ喋ってたじゃねーか。お前あん時マジでめんどくさかったからな!? つーか今もだけど!
あいつは今頃混乱してるだろう。昨日まで愛を囁いていた男が、次の日いきなり人生から締め出した。あれから半年経つ今、新しい恋をすることさえも許さねぇんだから。かわいそうに。だけどまぁ、一応どうしてそういう考えに至ったのか聞いてやろう。グイード・ミスタさんは優しいからな。

と、思っていたんだがアバッキオが話し始めて数分後、俺は完全に頭を抱えていた。この男、本当に言葉足らず。なんかだんだんムカついてきた。事の発端は、仕事終わりにたまたま通りかかった教会の前で見かけた結婚式らしい。聞こえるかどうか怪しいくらい小さい声で「いいなぁ」とあいつが呟いたのを聞いて、自分には祝福された結婚式も幸せな生活も用意してやれない。そう思ったらしい。だからあいつには足を洗ってまっとうな生き方をしてほしい。お前が幸せなら俺も幸せだ。そーいうことが言いたかったみてぇだ。だけどそれ、たぶん一ミリもあいつに伝わってねぇと思う。
俺もブチャラティも、ナランチャもフーゴもジョルノも、それからピストルズもみーんなあいつのことが大切で、大好きだ。もちろん、親愛の意味で。あいつはきっと、太陽とチョコレートでできている。そう思えるくらい、俺らにとって甘くて眩しい存在だった。 だからみんな、アバッキオならいいと思ったんだ。あいつのこと絶対に幸せにしてくれるって、そう信じた。どーすんだよ。ブチャラティなんてお前らの結婚式であいつと一緒にバージンロード歩く気満々だったんだぞ……。

「ブチャラティが聞いたらぶっ飛ばされるぞ」
「分かってる」

だからさ、ね? 分かってる、じゃねえんだよおおお! もうだめ。ミスタさんは疲れました。マジでこいつのことぶっ飛ばしたい。だいたい俺、人の話を親身になって聞くとかそーいうの向いてねーし。代わってくれ、ブチャラティとかジョルノとか。もうナランチャでもいいや。つーかアバッキオって普段はしっかりしてるくせに、あいつのこととなると急発進に急停止、急上昇して急旋回するポンコツ暴走ジェットコースターみたいになる。 あいつがいない時にジョルノが半笑いでそう指摘したら、キレて暴れてめんどくさかったなぁそういえば。

「ん? どうしたNo.1」

匙をブン投げてぐったりする俺の視界の端で、ぴょこぴょこジャンプしているピストルズ。目を向けると、アバッキオに何かを言いたそうにしている。まだ腹が減っているのだろうか。

「マズイドルチェミタイナ男ダ!」
「は?」
「溶ケタグラニータ!」
「腐ッタパネトーネ! 」
「湿ッタスフォリアテッラ!」
「待て待て待て。一気に喋るな!」

うん。お前らホント空気読めないね? さっきからよく分からない罵声を、半年も前にあいつと別れたことを未だに死ぬほど後悔しているアバッキオに浴びせている。おい、No.5。何か言いたそうにしてるがお前はさっきメシ貰ってただろーが。やめとけよ。 俯いて肩を震わせるアバッキオは、右手で顔面を覆っている。おいおいおいおい。

「ぶはっ」
「え? なに、こわ」
「パネトーネは元々腐ってる…つーか発酵してるだろ、あれは」

急に笑い出したアバッキオに、俺はドン引きした。こいつ、情緒不安定すぎん? 今日初めて見た笑顔は、前に見たことがある。あいつの隣にいた時だ。あいつのこと想ってそんな顔できるんならよぉ、本人に見せてやれよ…。

「あいつが言ってたんだろ? ありがとうな」

ピストルズなりに、励ましていたようだ。ドルチェ食うか、とメニューを手に取るアバッキオのもとへ嬉しそうに寄って行く。その様子を見ながら、俺は自分のお人好しな部分を少しだけ呪ってから、口を開いた。

「何をもって幸せかどうかは、お前じゃなくてあいつが決めることなんじゃねーの」
「…そうかもな」
「あいつ、今でもお前の隣にいる時が世界でいちばん幸せみたいな顔してるぞ。いつも」
「……」

黙り込むアバッキオからメニューを取り上げて、席を立たせる。

「ブチャラティ達は今日、トリブナリ通りで仕事してる。もうそろそろ終わる頃だ。いいか、ちゃんとお前が今思ってること全部言葉にしてあいつに伝えろ。端折るのはナシだ」


「イケー! アバッキオ!」
「走レー!」
「ブチカマセー!」

走り出すアバッキオの背中に、ピストルズはありったけの叱咤激励をぶつけていた。俺の言葉通り、アバッキオはブチャラティにぶっ飛ばされたらしい。口の端が血で滲んでいる。ざまぁみろ。それから、どうやらうまくいったようで、あいつの手をしっかり握って帰ってきた。もう二度と離すんじゃねーぞ! あと俺には二度と人生相談みたいなことすんな!



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