ショック!

「これのどこが駄目な写真なんだよ」

岸辺露伴がSNSを始めた。というのはつい2日前に少しだけネットをざわつかせた。別に漫画家がSNSを始めることなんて、今どき珍しいことでもない。話題になったのはそこではなく、彼が最初に投稿した写真についてだった。不貞腐れた様子の露伴先生は、私が買ってきたカヌレをナイフとフォークを使い丁寧にカットしている。機嫌はかなり悪いようだけれど、食べようとする手を止めないところはちょっと可愛らしい。綺麗に切り分けられた一欠片をフォークに刺し、ゆっくりと口へ運ぶとお気に召したようで、無言で新たな一欠片をカットし始めた。

「ただの招き猫だぞ?」
「招き猫は問題ないんですよ」

彼が私に手渡してきたスマートフォンには、テーブルの上に置かれた小さめの招き猫の写真が表示されている。人差し指と中指を使い、写真を少しずつピンチアウトさせ、例の部分を拡大状態にして彼に返した。

「ここ。ほら、写ってるでしょう」
「何がだよ」
「手です、手。女性の」
「女性の、って君…自分のだろう。何なんだよその言い方」

彼の不機嫌と、カヌレを切り分ける手は止まらない。だけど、何事も最初が肝心。ここは根気よく、彼に教えるしかないのだ。一般人ではない人物のSNSの取り扱い方法を。
そもそも露伴先生が何故SNSのアカウントを開設することになったかというと、彼が連載を持つ漫画雑誌の読者アンケートに載せられた『SNSを始めてほしい漫画家は?』という一つの質問文がきっかけだった。結果はぶっちぎりの一位。分かる気がする。謎が多すぎる彼の知らない部分を知りたいと思うのは、わたしも読者も同じだ。
最初は勿論嫌がっていたけど、泉さんの「読者が喜びますよ」という言葉には勝てなかったようで、文句を言いながらもプロフィール画像を決めるのに1時間もかけていた。

「誰の手か、どういう関係なのか、そういうのを特定してネットに晒す人がいるんですよ」
「別にやましい関係の相手じゃあない」
「匂わせてるって、露伴先生を叩く人もいます」

アイドルとか時々炎上してるのネットニュースで見かけると、馬鹿にしてるじゃないですか。露伴先生もああなるんですよ。と、2日前に泉さんに言われていたことを改めて伝え直す。カヌレはいつの間にか皿の上から消えていた。

「あのなぁ、そうやって隠そうとするからややこしくなるんじゃあないのかッ!?」
「私は嫌ですよ。ネットに顔も名前も晒されるなんて。一般人ですし、そこらへんのOLなので」

そう。彼はSNSを始めた僅か数分後に炎上しかけたのだ。未遂に終わったのは、写真の左端にほんの僅かに私の右手が見切れているのを、投稿直後に気付いた泉さんのファインプレーのおかげだった。
すぐに隠蔽工作として、招き猫がしっかり写る角度で撮った彼と泉さんのツーショットに『露伴先生と次の読み切りの打ち合わせ中です! 編集部 泉』というキャプションを添えて投稿し事なきを得た。そしてついさっき、露伴先生のアカウントは泉さんとの共同になることが決まったので、今ものすごく機嫌が悪い。

「そもそも、君のアカウントは非公開なんだから僕のフォロワーだとしても特定されるわけないだろ。これもう1個ないのか?」

よっぽど気に入ってくれたらしいカヌレを箱から新たに1つ出して皿にのせると、すぐにナイフが入れられた。ラム酒の芳醇な香り、カリカリの表面にもっちりした食感がたまらないこのカヌレはやはり当たりだった。後で泉さんにも教えてあげよう。

「だいたいなぁ、始めて2日でフォロワー30万人だぜ? 見つかりっこないね」
「私の友人は、夫の好きな芸能人のフォロワーから夫と不倫相手の鍵アカ見つけて、毎回使ってるホテル特定して慰謝料300万貰ってましたよ」
「どうやったらそんなことまで分かるんだよ」
「特別な技術と忍耐が必要みたいです。ね、だからそういうの特定するプロがいるんですってば」
「ふぅーん……まぁ要は、君が写らなければいいんだろう?」

2個目のカヌレを食べ終え急に大人しくなる彼に、少しだけ嫌な予感がする。だけど、とりあえずは理解してくれたようだし、その後も気をつけるべきことをいくつか教えると素直に聞いてくれた。なのでこの時、私はすっかり騙されてしまっていた。
あれから3ヶ月。露伴先生は問題無くSNSを使いこなしているようで、取材先で描いたスケッチや外出先で食べた料理の写真なんかを時々投稿していた。
私はというと、炎上未遂がきっかけで泉さんとの仲と団結力がさらに深まり、今日は杜王グランドホテルのアフタヌーンティーに行く約束をしている。早めに着いたのでラウンジで待っているという彼女の姿を見つけ、声をかけるといきなり頭を下げられた。

「泉さん?」
「ごめんなさい! 見つかっちゃったかも!」
「は?」







私は今、怒りを抱えて岸辺邸へと向かっている。彼のせいで泉さんにまた迷惑をかけてしまったこともそうだし、私のアカウントがネットで晒し者状態になっていることもそうだし、何よりアフタヌーンティーに行けなかったことが許せないからだ。いちごフェア、今日までだったのに!

「ちょっとお! 匂わせはダメって言ったじゃないですかあ!」

仕事の邪魔は極力したくないけれど、そんなの今は関係無い。ノックもせずに仕事部屋のドアをやや乱暴に開け、彼の前までずかずかと歩く。それから『岸辺露伴の彼女特定したった』というタイトルのネット掲示板を表示させたスマートフォンを突きつけてやった。

「君、外出先で写真撮ると、必ずその翌日にSNSに投稿してるだろう」
「それが何なんですか」

ゆっくりとペンを置くと、画面を一瞥してから私を見上げた彼は一体どういう神経をしているのだろうか。笑っているじゃあないか。もうやだ。まじで何なのこの男。ぶん殴ってやりたい。

「時々、僕が話してるのに生返事しながら投稿してるのも知ってるからな」
「だ! か! ら!」

意地の悪い笑みを浮かべたまま立ち上がると、今度は私を見下ろしてくる。身長差を考えれば当たり前なのだけど、今は無性に腹が立つ。

「君さぁ、甘いんだよ」

身構える私が持つスマートフォンを取り上げると、表示したままのネット掲示板を一定のスピードでスクロールさせていく。

「僕の写真は君だと特定されるようなものは何も写っちゃあいないぜ。でも、君の方はどうだ? 時々、僕が飲んでたコーヒーのカップとか、服の袖とかが見切れていたみたいだが」

私の方に向けられたスマートフォンの画面には、先程のネット掲示板に彼と私が投稿したSNSのスクリーンショットが並べて貼られている部分が映っている。少しスクロールして、次に見えたのも、その次に見えたのも同じだ。
2週間前に食べたマチェドニアの写真を投稿したスクリーンショットの隣には、ご丁寧に拡大した服の袖と別の日に彼が同じ服を着ている投稿が並んでいる。死にたい。気をつけなければいけないのは私の方だった。

「僕に言ったよなあ? こういう僅かな情報から特定して、晒す奴がいるって」

しゅるしゅると萎んでいく私の怒りに気を良くした彼は、漸くスマートフォンを返してくれた。一体、私のフォロワーの誰が…ということばかりが頭の中を駆け巡る。もしかして、友人に成りすましたアカウントがあったのだろうか。それだったらまだいい。友人によって晒された方が、ダメージがでかい。

「明日からどうやって生活したらいいの……」

ごめんなさい、と項垂れると、ぽんぽんと頭を撫でられた。非があるのは私の方なのに、怒らないでいてくれる露伴先生の優しさに、ちょっと涙が出そうになる。

「要は、法的に認められた関係じゃないからまずいんだろ?」
「…まぁ、それもあると思います」
「そこでだ。君を助けてやれる方法が一つだけあるんだが」
「え! 何ですか?」
「簡単さ。法律で認められた関係になればいいんだよ。そうすれば君がネットで誹謗中傷されても正式に助けてやれるからな」

…雲行きが怪しくなってきた。顔を上げ、彼を見ると今度は胡散臭い笑みを浮かべている。まさか、3ヶ月前の嫌な予感が的中してしまったのだろうか。

「どういうことですか?」
「だからッ……結婚しようって言ってるんだよ分かれよこのヌケサクッ!」

彼が素直に他人の言うことなんて聞くわけがない。今までの投稿には裏の意図があったのだ。今日、この時のために。

「そんなプロポーズやだ! やり直し!!!」



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