残ってる

肌とシーツの擦れる音にゆっくりと瞼を上げると、枕に肘をつき掌で頭を支えている彼と目が合った。遮光カーテンが引かれた室内は薄暗くて、今が何時何分でどんな天気なのかも分からない。ベッドから随分遠くにあるスマホを取りに行って確認するのはちょっと面倒なので6時か7時かなと考え、視線から逃げるようにぼんやりと天井を眺めた。

「ひまわりみたいな色やな」
「ん?」
私の右手首を持ち上げると指先に唇を落とし、爪。と彼は小さく呟く。

「名前ちゃんによう似合うとる」
「ビタミンカラーって、言うんだって」
「へぇ」

出かかったありがとうを飲み込み、ネイリストにオーダーした時に使った言葉をそのまま伝えると、たいして興味の無さそうな返事をして目を閉じた真島さんは二度寝をしようと私を抱き寄せた。
一度だけでいいからが二度三度になって。私が着ている服が長袖から半袖に変わった頃には、もう数えるのをやめてしまった。嫌なことや痛いことはされたことがないし、私の意志を尊重してくれるような抱き方をする真島さんについて知っていることといえば、家の場所と連絡先と性感帯くらい。
好きなお酒の銘柄も誕生日も、昨日食べた夜ごはんも休日の過ごし方も知らない。

「もう、行かないと」
「なんで」
「なんでって……今日、月曜日」
「あー……仕事か」
「……うん」

離れていく彼の重みと体温に寂しさを覚える私は、まだまだ子どもだと思う。
望みは叶えられたはずなのに、満たされた幸せはたった一晩で心を空洞にした。

「風呂、使い」
「ううん、大丈夫」

振り返らず、ベッドから腰を上げて下着を拾い集める。どうせ今後ろを見ても目が合うのは、彼の背中にいる怖い顔をしたアレだし。なんて理由をつけてワンピースを拾い上げ、すぽりと被って袖を通す。フローリングの上に放られ、皺になることは分かっているのに。褒められたのはたった一度だけなのに、何故か着ることをやめられない。

「じゃあ、また」
「んー」

連絡してください、そう続きを言ったとしても思うような返事は帰ってこないような気がして、丸めたストッキングと一緒にバッグの底に押し込んだ。

駅へと向かう途中すれ違う人は皆、皺のない服を着て整えられた髪型やメイクで何処かへと向かっていく。滲んだアイメイクと、毛先がばらばらの方向に跳ねている私とは全くの正反対だ。自分だけ、昨日に取り残されている気がした。
ICカードをかざした自動改札機はチャイム音と共に残高不足を告げ、現れたフラップドアと背後にいくつもある苛立った視線は私の朝帰りを責めているように感じる。左隅にあるチャージ機には立ち寄らず、駅の出口を目指した。セールで買ったジミーチュウのパンプスで一駅余分に歩くのも、今だけは悪くない。
右耳にかけた髪の毛から香ったのは彼の煙草の匂いで、帰宅してまずやらなければいけないのはお風呂に入ることだと、頭では理解している。けど、きっと直ぐには行動に移せない。皺だらけのワンピースの中に隠された秘密を、洗い流したくない。皮膚や脚の間に付いた彼の匂いを、もう少しだけ纏っていたい。

だけど街のざわめきがそれらを攫い、消してしまう。

消してほしいのは、そっちじゃないのに。

どうして好きな気持ちだけは、消えないんだろう。

朝までつけっぱなしだった冷房の所為なのか、言えずに飲み込んだ言葉が多過ぎたからなのか。風邪をひいたように喉は痛いし、肌に触れた風に生ぬるさは無く、夏が終わることを教えてくれた。彼が褒めてくれたこのネイルの色も、季節外れになってしまう。


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