ドーパミント!

「品田さんはまず、そういうことしないと女の子を好きになれないっていう、そこを直さないと」
「え?なんで?」
「なんでって……普通逆でしょ。順番が」
「でもさぁ、好きになった後に身体の相性悪いって分かるの嫌じゃない?車だって買う前に試乗するじゃん」
「サイテー」
「ごめぇん」
「ごめぇんて。絶対悪いと思ってない言い方ですよね、それ」

原稿料が入ったから飲みに行こうという品田さんからの誘いに返事をして、仕事終わりの行き先を自宅から錦栄町の居酒屋に変更した。学生時代にバイトをしていた定食屋のお客さんだった品田さんとは、社会人になってから数年経つ今でもゆるい友人と呼んだらいいのか、よく分からない関係を継続しており、こうしてたまに飲みに行ったりするんだけど。だいたい話題に挙がるのはいつも長続きしない彼の恋愛話や私の仕事の愚痴とかで。4杯目のお酒を飲んでいる今は、品田さんのターン。

「で。試乗してみて、どうだったんですか」
「んー…なんかね、お店の時と違ってうまくいかなくて。変な空気になっちゃった」
「え?中折れしたの?ダサ」
「ちょっと名前ちゃん! 女の子なんだから、はしたない言葉使っちゃだめだよ!」
「はぁー? 品田さんにだけは言われたくないんですけど!」

私の発言を注意する彼は両手で手羽先を持つと、関節部分を折って二つに分けてから身が多く付いている方を上下の前歯で根元から挟み、すっと引き抜いた。身は綺麗に剥がれ、骨だけになったそれをガラ入れの壺にぽとりと落とすまでの手馴れたように見える食べ方も、最初は下手くそだったらしいけど。今ではすっかり地元の人間と変わらないくらい、上手になっている。
それでも言葉遣いは東京の人のままだし、屋上のプレハブで行き当たりばったりみたいな生活を続けている。もう10年以上も住んでいる土地なんだから、ちゃんとしたアパートを借りたらいいのに。あの家、何回か行ったことあるけどまじで汚かった。
三本目の手羽先に手をつけている、品田さんのことは普通に格好いいと思う。背は高くて体型もガッチリしていて、子犬みたいな人懐っこさもあるし。指先に付いたタレをぺろりと舐める仕草も、なんかちょっとエロくて。だからモテるんだろうけど。女性を相手にする仕事をしている割に品田さんは鈍感だし、デリカシーはいつも在庫切れ。

「ねぇねぇ。俺の取り柄ってさ、セックス以外に何かある?」

こうやって、私じゃなかったらドン引きするようなことも平気で聞いてくる。ていうかセックスが取り柄って、何言ってんのこの人。ばかじゃないの。

「あー……筋肉、とか?」
「お!いいねぇ。俺の腹筋バキバキだよ。イチオシは腹斜筋」
「へーえ」
「見る?」
「うわ、いっつもそうやって言って女の子口説いてるんだ」
「やっぱ名前ちゃんには通用しないかぁ」
「そういうのは、好きな子だけに言わないと」
「うん。だから言ったんだけど」
「は?」

箸で掴み損ねた軟骨の唐揚げがころん、とテーブルの上に不時着したのを横目に、あからさまに動揺してしまったことを誤魔化すようグラスの縁に口をつけた。下品な話、手羽先、筋肉。今夜の品田さんと私は、とっちらかってて終着点が見えないどころかおかしな方へと舵を切ろうしている。一体どこで何を間違えたんだろう。途中まで、いつも通りだったのに。

「俺、気付いちゃってさ」

どうやって軌道修正をしようかと、手始めに卓上にあるタブレット端末の画面をタッチペンで触れて、スリープ状態だった画面を起動させた。

「セックス無しでも一緒にいたいって思うの、名前ちゃんだけなんだよね」

……落ち着こう。相手は品田さん。万年金欠、ほぼ無職、性に奔放なダメ男三冠王。

「今日、酔っぱらうの早くないですか?」

画面を何度か切り替えて、お冷を選んで注文ボタンを押そうとした時。タッチペンの先端は画面に届かず、品田さんの掌によって遮られた。付き合いは長いのに、彼に触れられたのは初めてかもしれない。

「まさか。ビール四杯で酔える程、省エネじゃないよ」

男性特有のごつごつした骨ばっている手は、ペンごと私の手を包み込めるくらい大きい。しっとりと吸い付くような質感は意外と悪くないな、とも思う。
……しまった。めちゃくちゃ流されてる。

「あとさ、名前ちゃんならセックスの相性悪くても友達に戻れそう」
「貞操観念とかいろいろバグり過ぎてて、どこから突っ込んでいいのか分かんないんですけど」

誘ったら簡単にできちゃいそうな品田さんを、今まで私が誘いたくても誘わなかった理由なんて、この人には一生分からないんだろうな。でも、なんかもうそんなのどうでもよくなってきた。

「さっき私が言ったこと、ちゃんと聞いてました?」
「覚えてるよ。だからちゃんと先に言ったじゃん。好きだって」
「あ、あんな言い方は許さん!」

手を握ったまま私を見る品田さんに、いつもみたいなへらっとした笑顔はない。妙に真面目な顔はあまり見ることがないから、どうしたらいいのか分からない。
……落ち着こう。相手は品田さん。だらしない、部屋が汚い、時間にルーズのトリプル役満。

「それで、どうなの?名前ちゃんは俺のこと好き?」

そんな子犬みたいな目で見つめるな!卑怯だぞ!



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