夜明けのBEAT

またやってしまった。起きたらホテルのベッドだし、誰と来たのか覚えていない。下着しか身につけていないし、服がベッドの周りのあちこちに散らばっているからやることはやってる。ベッドの左側には誰もいないから、もう帰ったのだろう。顔を合わせる気まずさも無いと安堵していると

「起きたのか」

腰にバスタオルを巻いただけの格好をした男性がバスルームであろう場所から出てきた。昨日はこの人とここへ来たのかとぼーっと見つめていると、彼がテーブルの上に置かれた煙草を口にくわえて火を付けていたところで、重要なことに気付いた。

「お兄さん、それ」

見えた背中には、大きな刺青があって。ファッションとかの類じゃないことは、寝起きで使い物にならないわたしの頭でも分かる。

とんでもない人と寝てしまった。

わたしの人生はここで終わりなのだと、東京湾かソープかどっちか分からないしもしかしたら両方かもしれないけど、きっと沈められるんだ。そう考えていると、彼の笑い声が聞こえ

「覚えてねぇの?」

そして信じられない言葉が出てきた。

「背中の刺青見たいって、ホテルに連れ込まれたんだけど」


あぁ、そうだ。昨日は金曜日で、会社の同僚とスポーツバーに行ったんだ。確か格闘技の試合をわたしが見たいと言って。そういえば、隣の席に二人組の男性がいたような気がする。
今のはどうなった、何でふくらはぎばかりを狙ってキックするのか、次々と同僚から質問されるので、画面から目を離さずに一つひとつ答えていく。一つめの試合が終わり、同僚はわたしに教えられたことを隣の席のOL2人に、さも自分の知識であるかのように話していたし、トイレに行ったはずの事務課の女の子は外国人グループのテーブルから戻ってこないし。まぁいいかと、カウンターにお酒を取りに行った。
そうだった。彼はわたしの隣でお酒を頼んでいて。その時、初めて声をかけられたんだ。 たまたま目が合ってしまい、格闘技お好きなんですかと聞かれたので「そこそこです」と答え、頼んだお酒が出てくるまで手持ち無沙汰なので、よく来られるんですかと尋ねると、今から帰宅すると間に合わないのでここへ来たとわたしと似たような理由が返ってきた。
自分のモヒートを受け取り、彼がギネスを受け取るのがほぼ同時だったので一緒に席へ戻ると、彼の連れである男性は眉根を顰めて鋭い目つきでわたしを見たけれど、何事も無かったかのように装い、自分のテーブルへ戻り店のスクリーンへと目を移す。次の試合の展開が、もう本当に酷かった。

「「「そこでローは無いだろ」」」

思わず漏れた独り言が、隣の席の男性2人と綺麗に重なった。

何がどうなってこうなったかも全く覚えていないけれど気付けば3人でショットグラスの縁をがちんとぶつけて。久しぶりに喉の奥が焼けるような酒を飲んでいて。最初は乗り気じゃなかった連れの男性もお兄さんの方がモテそう、と言うと満更でも無さそうで次のお酒も奢ってくれた。新しいショットグラスがテーブルに置かれた時、俺らヤクザだぞと言われたような聞いたような。そんなの今は関係ないよと言ったような、言ってないような。


「いや、絶対ノゲイラとミルコでしょ」
「違う、圧倒的にミルコとヒョードルだ。何故だか教えてやろうか」
「峯それさっきも言ってたぞ。あとお前、今日よく喋るな」
「みね、おしゃべりー!」
「さんを付けろ。いいか、ミルコの左ハイキックはな」
「峯、すげー喋るな」
「みねー!」


完全に思い出した。伝説の試合はどれだという話題になり。論破されたらショットを煽るという、酔っ払った大学生みたいなことをしていて。最終的に論破するとかもうどうでもよくなって、3人で3杯ずつ煽った。店を出たところで、わたしが「みね」と呼んでいた人は飲み過ぎたので帰ると言い、タクシーの運転手に何か言ってから、わたしたちを置いてどこかへ歩いて行ってしまった。
この後どうするかを彼に聞かれて。終電はもう無いしどうしようかなと考えていると「俺はもう飲めないぞ」と右腕を引かれ。彼の香水と煙草の匂いがふんわりと鼻をくすぐるくらいの距離まで近づいた。

「じゃあ、見せてよ。背中の刺青」

挑発的な彼の眼差しに応えるように、酔っ払いのわたしは、つま先立ちで彼の耳元に顔を寄せて囁いた。


「うん、言った……見せてって」

あと、あれだ。やけに広いなと思っていた車はタクシーじゃなくて彼を迎えに来た車だった。あれでホテルまで行ったのか。ばらばらに落ちた記憶の引き出しを一つひとつ元あった場所に戻していく作業が終了すると、死にたくなるような後悔しか待っていないのだから。もういい加減、酔った勢いで男性と寝るのをやめたい。いつもなら、3日も経てばまぁいっか。と開き直れるくらいには歳もとっているし、それなりに経験も積んだけど。 今回は相手が悪かった。この人やくざだし、いい男だ。

「俺、結構頑張ったんだけど。覚えてないのか」

両手で顔を覆い、ベッドから動けないわたしの元へ、意地悪な言い方をしながら近づく彼が頑張った事というのは、まぁ、そういうことで。咥え煙草で彼は両手を使い、わたしの顔から手を退かし、

「名前も覚えてねぇの」
「……堂島さん」
「下の名前は」
「堂島、大吾さん」

満足そうに口角を上げた。

「わたしのは」
「名前。苗字名前さん」

「ご迷惑をおかけしました」
「いや、久しぶりにすげぇ楽しかった」

俺、あんまり自由に出歩けなくてさ。と続ける彼は煙草を一旦灰皿に置いて、欠伸をした。

「あんなふうに騒いで、馬鹿みたいな酒の飲み方して。こういうことするのも」

こういうことというのは、泥酔して名前しか知らない女と一夜を過ごすことなのか。聞かなくても、たぶんそれだ。

「そんなに人肌恋しかったんですか」
「いや。いいなと思った女に声掛けたのが」

それだけかっこいいんだから、嘘だろう。

「彼女が5人くらいいそうだけど」
「そんなに暇じゃねえよ」

ひとつ学んだ。
お酒と格闘技と、いい男は混ぜるな危険だ。

「顔はみねの方が好みです。あ。峯さん、か」
「正直だな」
「まぁでも、顔だけで人を好きになるような年齢じゃないので」

サイドテーブルへ腕を伸ばし、飲みかけの水が入ったペットボトルを取り半分程入った中身を全て飲み干す。

「もう1回したら思い出すか?」

危ない。飲んでる途中で聞いたら吹きこぼすところだった。
ううん。本当はちゃんと覚えてる。あんなすごいセックス忘れるわけない。自分の身体の上を滑らかに滑る彼の唇も獣みたいな目でわたしを見る癖に触れる手は酷く優しかったことも。その背中に、たくさん口付けたことも。思い出すと、足の間がきゅっとなるくらいには。

「夢じゃなかったか、確かめたいかも」

お前、本当はもう全部思い出しているだろう。彼の目はそう言っているようにわたしを見ていたけれど。この提案に乗ってくれたようで。昨日とは違ってゆっくりとした動作で覆いかぶさり、唇を近付けた。
彼が東城会の会長だとわたしが知るのは、2回目が終わった後、めったにしない連絡先を交換している時だった。



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