Primavera 4

下心。そんなものとは縁遠い人だと思っていた。でも、彼だって男なのだ。

『処女は面倒くせえ』

プロシュートが言っていた言葉を思い出しては、少し落ち込む。実際に今の私は、初めて身体に触れられることを許した相手を意識しすぎているからだ。
任務で何日も帰ってこないことなんて今までに何度もあったし、気にしたことなんてなかった。なのに、こんなに明るい時間から会えたことも、さっきカフェで言われたことも、嬉しいと思ってしまっている。

『一回ヤッただけの女に惚れるワケねえだろ』

指先が、少しかさついた唇が肌を滑る感触が、身も心も震わせる。そんな浅ましい女に成り下がっていることを、私は受け入れてしまった。ほかの誰でもない、リゾット・ネエロに対して、何か特別な感情を抱き始めていることを、認めようとしている。
プロシュートにキスなんか頼まなければよかった。そうすれば、名前を付け難いむず痒くなるようなこの感情に気付くことなんてなかったのに。
こんなクソみたいな任務、引き受けなければよかった。そうすれば私は今まで通りでいられたのに。変わりつつあるリーダーへの気持ちを誤魔化して、この先どうやって一緒に仕事をしていけばいいのだろう。後悔とはまた違う何かで、心が重たくなっていく。


「何を考えている」
「、べつに……なにも」

シャワーを浴び、バスローブを羽織り、ベッドの上で裸なのは私だけ。前回、前々回と違うのは日の入り前にホテルへのチェックインを済ませたことぐらいだ。
彼は今日も私の身体に触れる時、確認を取るようにゆっくりと手を這わす。それがもどかしいとさえ、今では思ってしまう。彼に頼んだのは間違いだったのだろうか。やっぱり誰か別の人に頼んだ方がよかったのだろうか。
そんなことを考えていると、彼に抱き起こされた。ただ黙って見上げる。表情はいつもと変わらなくて、私ではやっぱり彼が何を考えているのかわからない。

「もう一度聞く。今、何を考えている」
「…痛みには慣れてるから。だからもう、済ませてほしい」
「嘘をつくな」

短くも長くもない時間を一緒に過ごしている彼には、付け焼刃の私のごまかしは全く通用しなかった。思い切って、今の気持ちを吐露した方がいいのだろうか。いや、無理だ。絶対にそれだけはできない。

「リーダーに頼んだのは、間違いだったのかもしれない」
「どうしてそう思う」
「分かんないけど……イルーゾォとかに、頼めばよかったのかも、って」

何も考えずに、そう口にしてしまった。先ほどカフェで自分のものにしたいと言われたことを忘れていたわけじゃないけど、ただ、配慮とかそういうことは忘れてしまっていた。彼は黙ったまま、ただ私を見下ろしている。

「俺は引き下がるつもりはない」

それだけ言うと、強めの力でベッドへと押し倒された。その手には少し怒りが込められているような、そんな力強さだった。次に私が声を発するより早く、彼の唇が口を塞ぐ。息つく暇なんてない。私の口内で暴れまわる彼の舌に翻弄されていると、強引に脚を割り開かれた。
閉じようとばたばた動かしても、彼が押さえつけてしまっていては意味がない。そんなことは分かっているけど、とにかく私は必死だった。信じられないことに今、先ほどまで指で触れていた場所に彼は自身の顔を近づけているからだ。
なんで。どうして。そんな言葉ばかりが頭の中を駆け巡る。だけどもう、遅い。今まで与えられたことのない感覚に、叫びに近い声が出た。

「っん、や、だ!」

みっともないと思う。こんな大声を出すのも、理性を捨てきれないのも。本能に従えれば、快楽だけに身を任せてしまえれば、どれほど楽だっただろう。
割れ目に這わされた舌は、時々蜜を吸い、厭らしい音を立てながら陰核へと辿り着いた。そこが快感をたくさん拾う場所だというのは、身をもって彼に教えられた。だから、だめだ。
右足を高く上げ、彼の背中へと踵を何度も叩きつける。きっと大した痛みは与えられてはいない。だけどこれ以上、彼の綺麗な顔を自分の汚い体液で汚すのは嫌だった。
力では彼に勝てないことは普段から頭に叩き込まれているはずなのに。それでも彼の肩や頭を両手で押して必死に抵抗しては、馬鹿みたいに大きな声で喘ぐだけだった。


「あ、んぅ…!」
「一つ教えておいてやる」
「っひ、あっ」
「ベッドで他の男の名前は出すな」

アンダーヘアにかかる彼の息がこそばゆく、浮いてしまう腰は押さえつけられる。逃げ場なんてない。だけど、どうしても逃げたくなってしまう。それほど、今与えられている快楽は刺激的すぎて、強引なものだった。どうして、こんなことに。あっけなく達してしまった私は、ただそんな目で、彼を見つめることしかできなかった。
そんな私の様子に気付いた彼は、そこから顔を離すことなく、ただこちらを見ている。その眼差しが、私の中の何かを射抜いた。加速していく動悸は、既に一度達したからだろうか。それだけではない気がする。再び登り詰めてくる快楽の波に、唯々支配され続けた。

「……ぃ、く」

教えを守って、達する前にそう言葉にする私は、従順な部下なのか、ただの馬鹿な女なのか。頭の中はぐちゃぐちゃのまま、離れていく彼の舌の感触に大きく息を吐いた。
きっと、今日はこれで終わりだろう。そんな私の考えとは逆に、今の彼はいつものように備え付けの冷蔵庫にミネラルウォーターのペットボトルを取りに行く様子はない。
どういうわけか、あれほどまで頑なに解かなかったバスローブの紐を緩めている。露わになった彼の裸体は、まだ陽が落ちていない今はよく見える。均整の取れた体にあるいくつかの傷痕は、遮光カーテンの隙間から漏れる僅かな光の中でも、一つひとつ目視できた。
覆いかぶさってきた彼の両腕が、自分の顔の真横にある。それなりに鍛えているし、成人男性をボコボコにできるほどの腕力もある。だから決して自分の身体は貧弱ではないと思っていた。
あぁもう、明るい時間に彼と会うなんて今日が最初で最後にしたい。視界のすぐそばにある彼の腕の太さに、体格差を意識するなと言う方が無理だ。この男は私の腕を折ることなんて容易いし、簡単に殺すことができる。

「挿入はしない」

それだけ言うと、彼の腰はゆるりと動き出す。脚の間の異物感にどう反応するのが正解なのか分からない。だけどこれだけは分かる。セックスをする時の彼は、こんな表情で、こんなふうに動くのだ。
この顔を、今まで何人の女が見たのだろう。彼は今まで、どんな女を抱いてきたのだろう。合間に髪を撫でたり、キスをしたり。壊れ物でも扱うかのような仕草に、今日はなぜか虚しさのようなものを感じた。
お互いの体液が混ざり合い、擦れ合う性器は淫猥な音を立てる。この居心地の悪い空気感に飲み込まれそうになるのを、シーツを掴んで必死にやり過ごす。
だけど、だめだ。そんな目で、私を見ないでほしい。

「ゃ、」

義父を殺して母に捨てられた時から、私は自分自身を受け入れることができない。
この手も身体も、心も汚れきっている私は無価値で、どうしようもない人間で。そんな自分が、彼みたいな人を想うなんて。想われるなんて。そんなこと絶対に、許されることじゃない。

「…もう、やだ」

快楽から逃げるための拒否の言葉ではないことにすぐ気付いた彼は、腰の動きを止めて「悪い。痛かったか」と穏やかな手つきで頭を撫でてくる。
今はその優しささえ、私にとってはつらいものにしか感じられない。

「違うの…リーダーは、何も悪くない」

自分に言い聞かせるようにそう呟くと、身体を抱き起こされた。状況として気まずいけれど、先程の空気感よりも今の方がマシだと思える。

「……中止だ」
「……」
「続きはもう無い。これで終わりにする」

拒否したのは自分なのに。彼の知らない一部分を知って、勝手に苦しくなって。彼からの気持ちを受け取らなかったのは、自分なのに。
衣服を身につけ、謝罪の言葉を口にして部屋の出口へと歩く彼の背中に「行かないで」と声をかけたい。なんて、最低な考えだろう。


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