full of wonders 1

久しぶりに帰国している幼馴染から呼び出され空条家に向かったが、出迎えてくれたのはこれから出かける様子のホリィさんだった。今は風呂に入っているらしい。
こういったことは過去に何度もあるので、いつものように居間で寛ぐか、とテーブルの上にあるテレビのリモコンへと手を伸ばす。ふと、その横に置いてあった一枚の紙が目に入った。

承太郎から結婚の報告を受けたのは、二ヶ月前の深夜三時頃だったと思う。普通に寝てる時間だし、平日だし、朝からバイトだし、こいつ本当に時差とか考えないな…とイライラしながら通話ボタンをタップしたけど、彼からの第一声が「結婚することになった」だったので、眠気も不満も吹っ飛んだ。
それくらい、承太郎の結婚は意外だった。だけど、幼馴染として素直に嬉しく思う。
この紙は、きっと結婚式の席次表だ。幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあるので、私と両親の名前もそこにはある。
つい、別の人物の名前がそこにあるのかを探してしまう。きっと…というか、絶対にいるだろう。その人は承太郎の親友なのだから。

「財団の手伝いで来れないらしい」

背後から降ってきた声に、びくりと肩が跳ねる。風呂上がりの承太郎は手に持っていた缶ビールをテーブルに置きながら定位置に座ると、私が手に取らなかったリモコンを持ち、テレビに向けて電源ボタンを押した。
先程の彼の言葉が誰のことを指しているのかは分かる。だけど、何と返せばよいのかは分からない。もう一度、席次表に視線を落とす。
確かに、その人の名前はどこにも無かった。
かしゅ、という音に顔を上げると、承太郎がビールのプルタブを起こし、缶の飲み口にくちびるをくっ付けていた。私の視線に気付くと「お前も飲めよ」と彼は言う。

「まだお昼なんですけど」
「いいだろ別に。どうせお前暇だろ」
「う、うるさいなぁ」
「冷蔵庫にあるから自分で取ってこいよ」

確かに私は幼馴染からの急な呼び出しにも応じれる程、貴重な休日を持て余していた。この先も予定が入るとは思えない。
立ち上がり、キッチンへと向かい大人しく冷蔵庫からビールを一缶取って戻ってくると、承太郎に鼻で笑われた。ちょっとだけムカついたので、これを飲みきったら帰ってやる。そう心に決めて、プルタブを起こした。

特に用事があったわけでは無さそうで、ただの暇潰しのために呼ばれただけだと気付いたのは、二缶目のビールが空になった頃だ。
三本目を取りに行った承太郎を横目に、私は再びテーブルの上へと視線を落とす。何度見てもそこに名前のない人物に、会わなくて済むことにホッとしているような、少しだけ残念だなと思うような。
アルコールで緩んだ思考は、さっきからそんなことばかり脳内に浮かべて、私を支配する。
何年も前のことなのに。未練があるわけでもないのに。どうしてか、居間へと戻ってきた承太郎に聞いてしまった。

「最近、あの人に会った?」

私が言う“あの人”なんて、思い当たるのは一人しかいない。それを分かっている承太郎は、特に表情を変えず「三ヶ月くらい前に」と答えた。

「そうなんだ」
「推薦状渡すついでに、飯食いに行っただけだがな」
「…推薦状?」

あの人の優秀さは今でも変わらないんだな、と承太郎の話を聞きながら思う。今はインターンとして籍を置いているSPW財団に、大学を卒業したら正規の調査員として働かないかと勧誘を受けているらしい。
その為に必要な現職の調査員からの推薦状を承太郎に頼んだのも、わざわざ本人のところまで出向いて受け取りに行くところも、あの人らしいなと思った。

「花京院も、お前のこと元気かどうか聞いてきた」
「…まぁ、それなりに元気にしてますよ」
「俺は知らんと答えた。それからそういうのは自分で言え」
「会うことなんて、ないよ。きっと」
「どうだかな」

空になった缶ビールをテーブルに置くと、承太郎は欠伸をひとつして寝転がった。私もそれに倣い、ゆっくり畳へと背中を預ける。
私が頑なにその名を口にしなかったことに、大した意味はないけれど。それでも久しぶりに耳に入ってきた彼の苗字は、私を動揺させるには十分だった。

初めて花京院典明という人に出会ったのは、今日と同じように私が空条家の居間でだらけていた時だ。私たちがまだ高校生の頃で、借りていたCDを返そうと承太郎の帰りを待っていたんだと思う。
そうして帰ってきた承太郎の隣にいたのが、彼だった。


「…驚いたな。承太郎に恋人がいたなんて」
「違う違う違うただの幼馴染だから」
「おい…気味悪いこと言うんじゃあねえ」

殆ど食い気味にそう言った私と承太郎を交互に見て、きょとん、とした顔の彼はちょっと言いづらそうに「冗談のつもりだったのですが」と呟いた。
その言葉に、今度は私と承太郎がぽかん、とする番だった。それがおかしかったのだろうか。彼は口元に手を当てて「仲が良いんですね」と、静かに笑っていた。
その仕草の、なんと美しいことか。
節くれ立つ指も、綺麗な赤毛も、あとそれから…なんだっけ。とにかく、耽美で中性的な顔立ちと、それに似合う上品な振る舞いは、私の心にぐさりと刺さるには十分過ぎる材料だった。

どうやら、両親が出かけていて今日の夕食は一人だという彼を、承太郎がうちで食っていけと誘ったらしい。
こいつに人を思いやる心なんてあったんだな…と若干の薄気味悪さを感じていると、それがバレたのだろうか。返したばかりのCDケースの角を私の頭頂部に向けているのが目に入り、思わず近くにいた彼の後ろに隠れた。
最初は、承太郎の隣にいたから気付かなかったけれど、彼の背中は十分に幅があり、背も随分と高い。
見上げた先にある耳朶からは、ピアスが垂れ下がっている。よく見たらさくらんぼだった。ギャップがすごい。彼はさくらんぼが好きなのだろうか。そんなことばかり考えていたから、近付く腕に気付かず、承太郎の予定通りCDケースの角は私の頭頂部をブッ叩いた。痛い。痛すぎる。でもちょっとだけ助かった。この痛みがなければ、私はまだ彼の耳朶の先で揺れるピアスを見つめ続けていただろうから。

結局、私も空条家で夜ごはんを食べていくことになった。いつものようにホリィさんを手伝い、ダイニングテーブルを拭いて箸置きを並べ、と食事の準備をしていると「手伝います」と背後から彼の声が聞こえた。

「ありがとう。承太郎はいつも手伝ってくれないから助かる」

聞こえるようにそう言っても、承太郎は夕方のニュース番組のスポーツ特集を見ていて、なんの返事もない。これもいつものことだ。
主菜と副菜を配膳し終えて、後は茶碗に白米を盛り付けるだけなのだが、彼はどれくらいの量を食べるのだろう。そういえば、名前もまだ知らない。

「ご飯、どれくらい食べる? えーっと…」
「花京院です。花京院典明。ご飯は普通盛りで」

察しのいい人なのだろう。私が知りたかった名前も、ご飯の量もちゃんと答えてくれた。 今、何年生なんだろう。承太郎と同じ高校なんだろうか。聞きたいことはたくさんあったのに、私はどうしてこんなことを聞いたんだろう。今思い出しても謎だ。

「花京院くんはさ、不良じゃないよね?」
「そうですね。普通の学生だと思います」
「じゃあ、承太郎に脅されてるの?」
「はい?」
「だって、こんなに良い子が承太郎の友達なのはおかしい」
「おい。聞こえてんぞ」

少し頭を下げて鴨居をくぐり、ダイニングへとやって来た承太郎は席に着くついで、のような動作で私の髪をぐしゃぐしゃにしてから椅子に腰掛けた。
文句を言いながらも、承太郎の茶碗にご飯をよそって手渡す私の髪の毛をホリィさんが整えながら「いつも仲良しね!フフ!」なんてちょっと的外れなことを言うものだから、私たちからはため息が出た。
それを見て、彼はまた笑っていた。口元に手を当てるその姿は、やっぱり美しくて。私はちょっとの間、視線を奪われた。 いや、ちょっとどころではなかった。茶碗の持ち方、箸使い、一つひとつの彼の所作の美しさは、自分の箸が止まっているのを忘れてしまうほどだった。
今思えば、私はこの頃から彼に視線だけでなく心も奪われていたのだ。

いつの間にか寝てしまっていた私を起こしたのは、テレビから流れる大喜利番組の特徴的なテーマソングだった。
承太郎の姿はなく、視線を動かすと縁側で煙草を吸っているのが見えたので、私よりも先に起きていたようだ。

「そろそろ帰るね。ビールごちそうさま」
「ん」
「じゃあ次は結婚式で」
「…お前に言おうと思っていたことがあったんだが、思い出せん」
「なにそれ。思い出したら連絡して」

こんなやり取り、私はすっかり忘れてしまっていたけど、まぁこれが後に大事件を引き起こすきっかけだった。今なら言える。
このクソバカ幼馴染!!!!!



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