▼ 急にあなたを知りたくなった
あの日以来、私たちは全く顔を合わすことがなかった。生活スタイルがお互いバラバラだから、帰ってこない日も多いし、夜中帰ってきたと思ったら朝方すぐに家を出たり…
だからちゃんとお互いルールを守っているのかも分からず…(絶対私のソファー使ってるはず)まぁ余計な言い合いとかもないから平和だなぁ〜と感じる毎日だった。
そして、しばらくして朝一緒に家を出る日が来た。登坂さんとは挨拶を交わしたけど、もちろんあいつとは一言も話さなかった。マンションの出入り口から道路まで少し長い道のりがあって、車が通る時にのみ開く門もある。だから出入り口は外から見えない様になっている。
「あの、少しいいですか?」
「私ですか?……なんでしょう」
門を出た時に3人の女の子に囲まれて、なんだか少し嫌な予感がした。まさか…これが?という予想はどうやら当たってしまった様だ。
「ここに、芸能人の方が住んでるとか知ってます?」
「えっ、芸能人ですか?……いや、私は会ったことないですね……」
「三代目JSBの今市くんと、登坂くんがここに住んでるかもしれないって噂があって!ご存知ないですか?」
ご存知も何も……言いかけた言葉を飲み込んで、彼女たちを押しのけて前に進む。すると後ろからグッと思いきり引っ張られその反動で転んでしまった。ここは普通に考えて謝るところだが、彼女たちの神経はどうやら違う様で、さらにグイグイと質問攻めにあった。
「だから、何も知りませんって!いい加減にしてください。警察呼びますよ?」
「………失礼しました」
腹立たしいことに最後の最後まで謝罪の一つもせずに帰って行った。そして足元から痛みを感じ、見てみると血が出ていた。パンストも破れてしまったので一度部屋に戻ろうとした時、出入り口で二人に会った。
「何?」
「…いや、その…」
「かえでさん、すみませんでした。僕たちのせいで…」
「いえ、大丈夫です。裏口から出てった方がいい……えっ、ちょっと!!」
いきなり今市隆二にお姫様抱っこをするように抱えられ、エレベーターの方に向かう。登坂さんには先に行っててと言って、私が何を言っても足を止めようともしないし降ろしてもくれない。
部屋に着いてドサッとソファーに降ろされて、ブツブツ文句言ったけどそれにも答えてくれず、無言で自分の部屋に行って帰ってきたと思ったら手には消毒液と絆創膏があった。
「足出して」
「いいよ。それくらい自分でやりますから…」
「いいから、出せって」
有無を言わせないその圧に負けて、パンスト脱ぐからあっち向いてと言って痛む傷を庇いながら脱ぐ。とにかくドキドキしてるこの心臓を早く落ち着かせないと…。
処置を受けることも恥ずかしいことだけど、それ以上に腕を引っ張られ、お姫様抱っこをされ、しゃがみ込んで下から私を見てる彼の一連の行動にドキドキしてしまった。
「……ごめんな。怪我させちまって」
「いいのよ、あなた達は悪くないでしょ。ったく、人気者も大変ね〜」
「まぁ、困ってはいるけど、それでも大事なファンには変わりないから…何も言えないんだけど。今回ばかりはさすがに黙ってられなかった」
「なによ、助けに来てくれなかったくせに」
「そしたらあんたも危ないだろ?俺らと関わりある人だって思われて…」
「十分関わりありすぎだけどね」
ちょっと毒を吐けば、目を丸くして私を見る。そしていきなり笑い出すからまたドキッとした。可愛い顔すんじゃん…。痛いけど我慢しろよと、優しく消毒液を付けて絆創膏を貼る。
「あと、サンキューな。俺らのこと秘密にしてくれて」
「そんなの、私のためよ。この家出たくないもん。ルールを守っただけ」
「そっか。……じゃ、俺は先に行くよ」
「うん。じゃ、あとで私も行くわ」
「気をつけろよ」
少しだけだと思うけど、距離が縮まったんだと思う。そんなに悪い奴じゃないんだと分かれば、とっても気が楽になった。絆創膏を貼ってくれた所を見ると、改めて彼なりの優しさが感じることができた。
「……かえで!」
「えっ…?」
「俺のことは…隆二で、いいから…」
「あぁ…うん、分かったよ…」
突然名前で呼ばれて驚いた。玄関のドアの前で照れ臭そうに鼻を指でさすって、彼はそう言った。返事をすれば何度か無言で頷いて出て行った。
「(何で私の名前……まぁいっか)」
深くて長い深呼吸をする。
あれ、まだ心臓がドキドキしてる。
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