▼ 溶け込むぬくもりに抱きつきたくて
自宅待機3日目、私の携帯が鳴った。副社長からのお呼び出し。私はすぐに準備をして会社に向かった。通された部屋には社長と副社長がいた。
「諸星くん。事情は聞いたよ。もちろん向こうの事務所と十分に話し合った」
「ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした…」
「単刀直入に聞く。お付き合いはしていたのか?」
「いえ…そういった関係ではございません…」
「そうか。向こうの方々は、とても大切な人だと言っていたが…?」
大切な人…それを聞いて、目頭が熱くなる。
「もちろん君が開発前のサンプルを自宅に持ち出したことに対しては、何かしらの責任は取ってもらう」
「はい、もちろんです。反省しております」
「その件についても向こうの弁護士が口を突っ込んできているから、避けては通れない」
「はい…」
「でも、今市さんを脅迫して、そのサンプルを持ち出したことに関しては十分に争うことはできる。ただし…」
「ただし…?」
「争うとなると、君たちが同じ家に住んでいたということを世間に公表することになる。意味は分かるね?」
私はともかく、二人や事務所にだって多大な迷惑をかけることになってしまう。イメージダウンに繋がるであろう。
「しかし、それでもいい。君の事を守れるのであればと、お二人は言っていたよ」
「私を…?」
「戦う覚悟はあるそうだ。じゃあ、君はどうだい?きっとマスコミに追われるだろう。その覚悟は諸星くんにはあるかい?」
そんなの…二人が私の味方でいてくれるなら怖いものなんてないよ。大きく頷くと、社長はにっこり笑ってくれた。
私の処分は責任者を下ろされ、3か月の自宅待機というものだった。クビになるかと思ったけど、これからも活躍してほしいと言われた。
そして今一番注目度のある三代目ボーカルのスキャンダルにマスコミが興味を示さないわけがなく、たちまちその話題が世間に広まった。
もちろんマンションにもたくさんのマスコミが押し寄せ、一歩も外には出られない状態になった。カーテンも閉め切って暗い生活が続いた。
そして私は、悪いとは思いながらも二人の部屋を覗いた。もうルールは無効となっているし、ずっと気になっていたので、どうせバレないし…空気の入れ替えという言い訳をして部屋の扉をあける。
「うわっ、汚い…隆二の部屋」
部屋中に楽譜が散乱していた。足の踏み場もないくらい散乱された楽譜をみても、私には何の事だかさっぱり分からない。
ふとベットの枕元を見ると、一つの封筒とその中身と思われる紙をみつけた。紙を見ると題名は「ALL LOVE」全ての愛をテーマに…と一言添えてあった。
どうやら毎日部屋にこもって作っていた曲のようだ。全ての愛をテーマに…かぁ。隆二らしいというかなんというか。
そして封筒を手に取り、裏返してみたら驚くべき文字が書いてあった。
「……かえでへ?」
私宛の封筒だった。急に顔が熱くなって、心臓がドキドキしてすぐに部屋を出た。胸に手を当てて、必死に落ち着かせる。見間違えだろう…だなんて勝手に納得させた。
今思えばここは20階。周りには大きな建物がないので外から撮られるとこはないだろう…と願いを込めて、リビングのカーテンをあけた。
太陽の日差しが差し込み、気分が一気に晴れていく。ベランダに出ると花や野菜が枯れてしまっていた。
「あ〜枯れちゃってる…水あげないと。ごめんねぇ〜」
急いで水をあげる。無になるといつも考えてしまう。二人のこと…全く連絡もくれないし、こちらから連絡してみてもどうやら電話番号を変えているみたい。
心配で仕方がないこの気持ちをどこにぶつけていいか分からなかった。
「こうなるなら…初めから出会わなければよかったのかなぁ…」
「……そんなこと言わないでよ。悲しいじゃん」
「うわっ…!!ひっ広臣…!?」
いきなり後ろから抱きしめられて心臓が止まるかと思うくらい驚いた。今何が起こってるのか分からなくて頭が混乱してる。
「あははは、めっちゃ驚いてる。かわいー」
「ちょっと、からかわないで!ていうか、どうやってここに来れたの?マスコミは?」
「かえで、忘れたの?ここのマンション、セキュリティーが万全だってこと」
「あぁ…まぁそうだけど…」
「裏口からね、ようやく外にも出られるようになったからさ」
「そっか…よかった。元気そうで」
「かえでは少し痩せたよね。大丈夫?」
久しぶりに会えたことに安堵して急に涙が溢れてきた。止めようと思っても溢れてきて、ひたすら広臣が頭を撫でて落ち着かせようとしてくれた。
部屋に戻って、コーヒーを飲む。話したいことは山ほどだ。
「いろいろ言われてるでしょ?大丈夫?」
「まぁ、ツイッターとか炎上したけど…全然大丈夫。それに、批判ばかりじゃないんだ」
「…そうなの?」
「俺たちのファンはちゃんと味方でいてくれたよ。守ってくれた。応援し続けますってたくさんツイッターにコメントが来たりして」
「そっか…ホッとしたよ」
「それに、ドームツアーも予定通りやることになったんだ」
ニュースで、この「一般女性との同棲三角関係」的なスキャンダルがあったから、夢のドームツアーも白紙になるのでは?と流れていたので心配していたから本当に良かった。
「かえでも来てよ。東京ドーム」
「え!?無理無理、私だってバレたらヤバいでしょ!」
「大丈夫だって。もうその頃には落ち着いてるからさ」
「そうかなぁ〜?って、隆二は?」
「隆二は取り調べ?ってヤツでなかなかね…でも元気だよ。いつもかえでの事気にしてる」
「元気なんだね…よかった…」
突然広臣が私の手を握ってきた。目が合うと時が止まったかのような空気になる。
「もう少し…頑張ろう。もう少しだから…」
ゆっくり広臣の顔が近付いてくる。これが何を意味しているのか分からない訳ではない。ここは拒むべきなのか、このまま受け入れるべきなのか…
プルルルルルル……
いきなり広臣の携帯が鳴る。お互いビクッとなり、顔を離す。とても照れくさい。慌てて電話に出る広臣は耳が真っ赤だった。
「ごめん、もう事務所に戻らないと…」
「う、うん。分かった…気を付けてね」
「じゃぁ…これ、俺の新しい番号。何かあったらここにかけて?」
「分かった」
玄関まで見送る。さみしい…本当はもっとここにいてほしいけど…我儘なんて言えない。
私の気持ちを察したのか、広臣が私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「また来るから。無理すんなよ」
「広臣もね」
「じゃ……、あっ最後に…かえで、笑って?」
そんなこと言われるなんて思ってもなかったから、開いた口が塞がらなかった。しばらく笑ってなかったな…すると頬っぺたをグイっと引っ張られ、痛い!と言いながら自然と笑顔になれた。
「あはは、やっとかえでの笑顔が見れた」
「無理やりでしょ。ったく…いってらっしゃい」
「…うん、いってきます」
私たちは笑顔でお別れをした。
パタンと閉まるドアの音と共に、また涙が溢れてきたのは内緒にしておこう。
ありがとう、広臣……
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