▼ 傍にいられなくなること
あれからの記憶は正直覚えていない。先に広臣が会場に戻って、気持ちを落ち着かせた後に自分も会場に戻ると、あの女がステージに立って明日発売する商品の説明をしていた。
もちろんうちの会社の社員は驚きを隠せない状態で、すぐに全員で会社に戻った。社長にライバル会社がうちが作った同じ成分のものを使って化粧水を製造していたことを伝え、徹底的に調査を始めた。
どこから情報が漏れたのかについては私からは何も言えなかった。まずは隆二から話を聞かないと、全てあの女が言っていることが正しいことなのかも分からないままだからだ。
でも…今までの隆二の態度を考えると、疑わざる負えなかった。不安な気持ちが拭いきれない。
帰宅したのは日付が変わって2時を過ぎていた。帰りたくなかったけれど、話し合わないと結論は出ない。玄関には二人の靴があって、リビングには電気がついていた。
扉を開けると、ソファーに隆二が座っていた。俯きながら座っていた隆二が顔を上げる。私は目を合わせることが出来なかった。
「…かえで、ごめん。臣から全部聞いたよ。俺…」
「謝るってことは、あの人が言ってたこと全て本当だったってこと?」
「……全てじゃないけど、本当の部分もあるよ」
「隆二は私の事嫌いだったもんね。そんなにこの家から出てってほしかったならそう言えばよかったじゃない…」
「嫌いなんて、そんなこと思ってないよ」
「だってそうじゃない!あの女の提案をのんで、ルールを破ってまで私の部屋に入ってサンプル盗んで売ったじゃない!」
事の発端は私の不注意なのに、私よりもあの憎たらしい女を選んだことに腹が立った。少しずつ距離が縮まっていると思い込んでいただけだった。
「……なんでなにも言い返さないのよ。なんか言ってよ…」
「俺は、この関係を守りたかったんだ。でもこんなことになるなんて思わなかった…」
「どういうこと…?」
「初めて榊原さんと仕事をしたときに目を付けられた。付き合ってほしいって言われたんだ…」
どうやらあの女の一目ぼれだったらしい。それから変に付きまとわれて迷惑していた。そして次の化粧品のイメージキャラクターに三代目を起用したいと直接申し出があってそれは事務所に言ってといっても聞かなかった。
そして、最後に家に行きたい。そうすればもう諦めるから…と言われしつこいから仕方なく家に呼ぶことにした。広臣がいる時間ならいいかと思い呼んだら運悪く私と鉢合わせてしまった。
するとその場は誤魔化したものの、コンテストで1位を奪われた恨みがあったのですぐに私だと分かった。そして帰り際、外まで送った時に「あの人、お手伝いさんなんかじゃないですよね?一般人の方と同棲してるんですか?」と言われ、バラしますよ?脅された。
「かえでのことをマスコミにバラされたくなければ、私と付き合ってって言われて、従わなきゃいけなかったんだ」
「そんなの…正直に言ってくれればなんとかしたのに…」
「迷惑かけたくなかったし、ルールを作ったのは俺だったから、簡単に破るなんてことできなかった」
そして何度か彼女と会い、二度目の訪問のときは突然だった。コーヒーを飲んでいたら、わざとらしく隆二の足もとに零されてお風呂に入ってきたらと言われ、仕事に行かないといけなかったから仕方なく入った。
きっとその隙に、私の部屋の中に入りサンプルを持ち逃げしたらしい。
「そして最後に、もう今日で会わない。かえでのことも秘密にしてあげるって言われた…」
「サンプルも手に入ったし、もう用済みってことなのかな」
「分からないけど…本当にごめん。俺の不注意で榊原さんを部屋の中にひとりにしたからだよな」
ソファーから腰を下ろし、土下座をしようとする隆二を必死に止めた。そしてあのディナーショーに三代目を呼んだのも彼女だったようだ。
「俺、最初は一緒に住むことはありえないって思ってたけど、次第に悪くないかもって思えたんだ」
「え?」
「素直じゃないから普通に接することは出来なかったけど、素でいられる空間には変わりなかった」
隆二が私の頬を優しく触る。
「守ってあげられなくてごめん。この責任は俺がとるよ」
「いいの。私の不注意だから…隆二は悪くなよ。私こそごめんね。巻き込んだりして」
「それで…臣と相談したんだけど、一緒に住んでることHIROさんに言うよ。きっとかえでも会社に色々聞かれるだろ?」
「でも…そんなことしたら…」
「俺らがこの家を出てく。だから気にしないで本当の事を会社に言って?」
全てのことを言ってしまったら、この生活は終わる。もう一緒に住むことが出来なくなる。でもあの女の事は許せない。
複雑な気持ちで朝を迎える。会社に向かうと社長に早々呼び出された。緊迫した空気の会議室には責任者たちが集まっていた。
「この会社の中に内通者がいた」
「それは…」
「製造担当部に、この商品のデータを日本コスメ商会に送っていた社員が見つかった」
「……え?」
「すべてのパソコンのデータを警察に解析してもらったんだ。まさか一夜で発見できるとは思ってもいなかったが、我々としては全面的に争う姿勢でいる」
私の他に、内通者がいたのは驚いた。よくよく考えてみると、確かにあの女がサンプルを持ち逃げした日の夜にディナーショーがあったから、奪った後に製造するのは不可能。
もしかして…私に全ての責任を負わせるために…?
きっと全ては私への腹癒せなのでは…?復讐なのかもしれない。どこまで最悪な女なのだろうか…
もっと話を聞くと、内通者に多額の資金を渡していたことも明らかになっていた。
どんどん話が進んで行ってしまい、完全に自分のことを言うタイミングを逃してしまった。社長は色々と立て込んでいたので、副社長を別室に呼んで全てを話した。
「お前…それ、本当なのか?」
「はい…全てです。何一つ嘘はありません。なので私も処罰を受けるべきかと…」
「いや、ちょっと待て。この件についてはまだ社長には黙っていてやる」
「でも、それが後々あの女の口から言われたら…」
「とりあえず、向こうの事務所にも確認しないといけない。君だけの話で進めるわけにはいかないからな」
「そうですけど…」
「いいか?このことは誰にも言うな。でも事が事だから、お前はしばらく自宅待機だ。理由は体調不良ってことにしておく」
無理やり自宅に帰されて、携帯を見ると広臣からしばらく家には帰れないというメールが届いていた。
分かってはいたものの、なんでこんなことになってしまったのか分からない。こんなはずではなかったのに…
さらに副社長から連絡が入り、裁判沙汰になるようだ。そんなときに私は自宅待機…本当に情けない…
そして数日間、ニュースはこの事件のことばかりであった。その間詳しい情報は一切私の耳には入ってこず、
一向に広臣と隆二がこの家に帰ってくることはなかった。
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