とくべつな願いなんかないよ









「自己紹介が遅れました。私、日本コスメ商会の榊原美千代と申します。あなたはリオン化粧品の諸星かえでさんですね」

「どうしてあなたが今市さんに?」

「それは私が聞きたいわ?どうしてあなたなんかが、あそこの家のお手伝いさんなんてやっているのかしらね〜?」






日本コスメ商会は私たちのライバル会社である。やっぱりどこかで見たことがあると感じたのは雑誌などを見ていたからだった。






「まぁ、もうそんなことはどうだっていいんですけど。ところで、新しい商品開発は進んでいらっしゃいますか?」

「えぇ。次は基礎化粧品を…あとは製造方法の特許を取得するだけですが…何か?」

「ふふふふ…私たちも明日、新しい基礎化粧品を出す予定なんですけど…その商品、何か知りたいですか?」






何が言いたいのか分からなかった。わざわざこんなところで私に直接見せたい商品ってなんだろう…そう思っていたら鞄の中から小さなサンプル化粧品を出してそれを私に差し出した。






私はそれを見て、驚きを隠せなかった。






「新しい化粧水です。もう特許も取得済みで、あとは明日店頭に並ぶのを待つのみとなりました」

「この成分…これって今私たちが作っている化粧水と同じ成分…」

「あら、そんな言い方しないでくれます?私たちがあなた方の商品を真似たとでも言いたいんですか?」






私たちが試行錯誤しながら作り上げた商品と同じ成分を使っていた。だからここまで同じその成分を使うなんてあり得ない。私は思い切り彼女を睨んだ。






「私達が作り上げた成分を使っておいて、よくそんなことが言えますね。わざわざ私に発売前の商品を見せてくる辺り、その情報をどこで?」

「その話をする前に、私はあなたに言いたいことがあるんです」

「この話より大事なことですか?」

「えぇ、私にとっては。今後、今市隆二くんに一切関わらないと誓ってくれませんか?」

「隆二と…?」

「いろいろとあなたは邪魔なんですよ。前回の商品コンテストも、もう少しで私たちの商品が1位に選ばれるところだったのにあなた達に邪魔されて2位だった…」





私が若くして商品開発のチーフを任されたのは、前回行われたコンテストで私の開発した化粧品が1位に選ばれた功績が認められたからだった。





あれから2年、化粧品の売り上げ額は日本コスメ商会を抑え、私たちの会社が1位を保ち続けていたのが気に食わなかったらしい。





「だからって、隆二は関係ないでしょ?」

「なんであなた達が同じ屋根の下で暮らしているのか分かりませんけど、このままでいいと思ってるんですか?」

「……何が言いたいんですか?」

「あなた、隆二くんから本当になにも聞いてないんですね」





彼女はソファーに座ってタバコに火をつけた。もちろんここは禁煙。その大人としてのマナーを守れない彼女の姿を見て苛立ちが抑えられない。





「一般女性との同棲を世間にバラされたくなければ、化粧品のサンプルを渡しなさいという提案をしたのよ…」

「………えっ」

「だから、あなたが開発中の化粧水サンプルを私に渡したのは、隆二くんなの」





初めて化粧水のサンプルをもらったときに、家に持ってきてしまったことを思い出した。自分で試しに使ってみようという気持ちと、ようやく出来上がったという事で浮かれていたことが原因だった。





こうなってしまってもおかしくない状況を作ったのは自分自身の気の緩みだったことに気が付いた。





「あなたは売られたの。隆二くんの世間の評判を守るためにね」

「そんなこと…あんた、最低ね」

「よくそんなことが言えるわね。商品発売前にも関わらず、サンプルを家に持ち帰るだなんて…製造者失格よ」





悔しいけど、涙が止まらなかった。それを見て彼女は笑みを浮かべて、タバコの火を消して私の前に立つ。





「隆二くんは私のものよ。あの家から出ていきなさい。まぁ、せっかく頑張って作った商品もあなたのせいで台無しだし…もう会社にはいられないかもね〜」





片手に持っていたシャンパングラスを私の頭の上まで上げる。





「この話だって、あなた本当のこと言えるの?言ったら、三代目のみんなにも迷惑かけて、世間からあなたは批判される…もちろんあの二人もね…」





悔しい…





「もう二度と、1位は譲らない。厄介者は消えてくれる…?」





カッコ悪い。俯いてシャンパンが上からかかってくるのを待つことしかできないなんて…もうこの世界から消えてしまいたい…





「……いい加減にしてくださいよ」

「っ、登坂さん…」

「ひろ…おみ…?」





彼女の腕を掴み、もう片方の手でグラスを取る。私をさっと背中に隠して私の代わりに彼女の前に立ってくれた。





「何?あなたも悪趣味ね。一緒に仕事した時も思ってたけど…その冷たい目、止めてくれる?」

「もう二度と、あの家には来ないでください。隆二にも近づくな」

「あなたがいなければ、もっと隆二くんに近づけるのに…お似合いよ?あなたたち二人、いろんな意味でね…」





最後に私を睨み付けて会場に戻っていった。そして私は震えながらも必死に立ち続けていたので、力が抜けて地べたに座り込んでしまった。





そして声にならないくらい泣いた。全て台無しにしたのは私自身。後悔してもしきれないこの気持ちがズキズキと痛んだ。





「…かえで、落ち着いて。俺がついてるから」

「……広臣、もう私…どうしたらいいのか分からないよ…」

「大丈夫、俺は絶対にかえでを見捨てたりなんかしないから」





ぎゅっと抱きしめられて、私も強く広臣を抱きしめた。苦しい、痛い、辛いこの気持ちを必死に受け止めようとしてくれる広臣がいてくれてよかった。





もしあなたがいなかったら、私はこのまま消えてしまおうと思ってしまったかもしれないから…





トントン…と規則正しく背中を叩いてくれるその優しい掌が、私をひとりじゃないと思わせてくれた。







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