スパンコールの魔法
急いでタクシーに乗る。今なら本当の気持ちを伝えることが出来そうだから…意地なんて張らないで、素直な気持ちでぶつかって行こう。
マンションに着いて自分の部屋の前まで来た。走ってきたからなのか、心臓がドキドキしてる。言いたいことはタクシーの中でまとめてきた。あとは伝えるだけ…
ドアを開けようとすると、ガチャっと音が鳴って開くことはなかった。慌てて家を飛び出してきたから、鍵は当然かけていない。
「あっ!広瀬さん!お疲れ様です」
「…大家さん?」
「いやいや〜広瀬さんにあんなかっこいい彼氏さんがいたなんて…ご安心くださいね。マスコミに売ったりしませんから」
「あの…どういうことですか?」
「広瀬さんが急なお仕事が入って鍵かけていくのを忘れてしまったから、帰ってきたら開けてあげてくださいって電話が入りましてね?鍵はポストの中に入れたのでって」
もう敬浩はいない。もしかしたらいないかもしれない…という予想が当たってしまった。大家さんが「だからオートロックのある部屋に移りませんか?って言ったじゃないですか〜」と言っているのは頭には入ってこない。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした…」
「いいえ!それでは、色々と頑張ってくださいね〜」
家の中に入る。ポストにはちゃんと鍵が入っていた。机の上は綺麗に片付いていて、コップとかお皿は洗っておいてくれたみたい。
どんな気持ちだったんだろう…鮮明にあのキスのことを思い出す。唇に手を触れてみるとまだ感触が残ってる。私たちはここからどうなっていくんだろう。
プルルルル…と携帯が鳴る。もしかして…!と思ってみると、着信のお相手は将吉君だった。
「もしもし?あのさ…あの…」
「敬浩なら、帰った時にはもういなかったよ」
「あぁ…だよね。今敬浩君が事務所に来たからさ…」
「そっか…鍵ありがとうって伝えておいて?」
「俺でいいの?直接言わなくて…」
「うん、いいの。わざわざありがとうね。心配してくれて」
「俺は何もしてあげられないからさ。またなんかあったら言ってよ。飲みにも付き合うよ」
不覚にも、泣きそうになってしまった。ありがとう、将吉君…
_____________…………
「敬浩君!怜が鍵ありがとうって言ってましたよ」
「そっか……」
「……俺は、みんなが幸せになればいいって思ってます」
「え?」
みんなで笑って、泣いて、夢を語り合った毎日が、自分にとって幸せな時間だった。それは誰が欠けても成り立たない幸せな時間。
三人で毎週のように飲み歩いていた日々は本当に大切な思い出だ。敬浩君がいて、怜がいて…この幸せな時間がいつまでも続けばいいって思ってた。
「また前みたいに三人で飲みにいける日を楽しみにしていますよ」
「将吉…」
「それが俺の幸せでしたから」
自分勝手かもしれないけど、ちょっと気持ちがすれ違ってしまっただけで、この幸せを失いたくない。もう目の前じゃないか…二人の幸せは。
みんなが笑ってくれればそれでいい。
「また笑い合いましょう!!」
「…ははは、そうだな。俺も、あいつが幸せそうに笑っているのを一番近くで見ていたいよ」
「それは俺も同じですよ」
「…ん?」
「いやいや、それは敬浩君とは違う意味です!」
もし、君たちが上手くいって、恋人同士になったとしたら、一番最初にお祝いするのは自分でありたい。
それは誰にも譲れない。
一番近くで見守ってきた、自分だけの特権だから。