やさしいキスなんてないんだよ
あっという間にドラマの撮影のクランクアップを迎えた。あれから青柳さんとは今まで通り何も変わらず接している。少し気まずいかもって思っていたのは私だけで、青柳さんは普通だった。
変に意識していたのは私の方だったみたい。なんだか申し訳なく感じてしまう。
「また広瀬さんと、ドラマで是非ご一緒したいですね」
「そうですね。楽しみにしています!あと、私の事呼び捨てでいいですよ。私の方が年下ですし…」
「いいんですか?じゃぁ…怜ちゃんで!敬語もお互い止めましょうか」
「ふふふ…そうですね」
最後は笑顔で終わって、近々みんなでご飯に行こうと約束した。青柳さんとさよならをした後、そのまま事務所に寄って報告を済ませ家に帰った。
すると、家の前になんだか怪しい人が立っていた。フードを被ってサングラスにマスク…まぁ大体は予想はつくけど…
「来るなら一言連絡入れてよ…怪しいっつーの」
「こんなに遅くなるなんて聞いてないから」
「聞かれてないし!もう…ただでさえ目立つんだから、変なことしないで」
久しぶりに会うからか、なんだか照れくさい。ふわりと香る敬浩の匂いは、なんだかとても安心する。自然と口元が緩んでしまう。
「何?その買い物袋」
「そりゃあ!クランクアップ祝い?」
「なになに?お疲れ様会を開いてくれるの?嬉しい!!」
「視聴率1位のお祝いも兼てな!」
明日は久々のお休みを頂いたからとても有難い。今日は浴びるように飲んで疲れを発散させよう。
リビングにお酒とおつまみを並べてテレビを見ながら雑談をする。親友だから愚痴でもなんでも話せちゃうのはやっぱり敬浩だけ。
「なぁ、怜って悩みないの?」
「え、悩み?う〜ん…そうだなぁ…」
なんでも話せる仲でも、こればっかりは話せない。悩みなんて、恋愛以外ないから…最近いろんな人との出会いがある中で、その出会いが私を悩ませている。
隆二だったり、青柳さんだったり…それに…敬浩も…
「ないよ、ないない!何もかもが順調で怖いくらいよ」
「へぇ〜いいじゃん。頑張ってるんだ」
「うん…まぁ、そうだね…」
「ドラマもすごく面白かったし、俺が言うのもアレだけど…演技上手くなったよな。凄いよ」
「そう?ありがと」
「…でも、あのキスシーンはちょっと…堪えたけど…」
チクッと心が痛んだ。見ないでほしかったけど、無理だって分かってたから。
「やっぱ、相手が翔君だったからかな?見てられなかった…なんて」
「そうよね、仲良い人だもんね…まぁ…そうだよね…あはは」
笑って誤魔化したけど、この雰囲気は崩せなくて…テレビがついていて心底良かったと思う。すると敬浩が隣に座ってきた。自然と背筋が伸びてしまう。次第に心臓がドキドキしてきた。
「俺だって…男だよ?」
「…は?」
「あんなの見て、黙っていられる程大人じゃないから」
そして床に押し倒されて無理やりキスをされた。
こんなの、私が思い描いていたあなたとのキスじゃないよ…
どうしてこんな気持ちにならないといけないの。友達でいたいと言われたあの日から、敬浩とは一線を引いてきた。でもあの日から気持ちは変わっていないんだと、いろんな人との出会いを経て気づいた。
あなたの近くにいる人と近付けば近付く程、あなたの存在が常に私の心の中にいて、あなたを超えられる人なんていなかったよ。
でもね、私はこんなこと望んじゃいないの。
「嫌…やめて…!!」
口の中が血の味がした。敬浩の目を見れなくて、携帯を手に家を飛び出した。無我夢中で走って、走って…そして携帯が鳴る。ディスプレイを見て電話に出る。
「もしもし?怜?あのさ、今度北海道に帰るんだけど…」
「将吉くん?今どこ…」
「え?今?事務所だけど…」
「隆二とか、青柳さん居たりする?」
「いないけど…その代り他のメンバーが…」
「今いくから、ちょっと待ってて!」
タクシーを止めて将吉君のいる事務所に向かう。もうこの際誰だっていい。誰か、私の心の叫びを受け止めてほしい。
まだ泣かない。泣いたりしちゃいけない。
きっとあなたも傷ついているのだろうから…