君の揺らしたひとつひとつ
夜の20時。突然呼び出された隆二の家に私はいる。最近の私の仲がいい人たちは、私のことを少しばかりか…いや、かなり忘れているような気がする。
「ちょっと隆二。私が人見知りするってこと忘れてないですか」
「あれ、そうだったっけ?だってみんなが会いたいってうるさいからさぁ〜」
「だったら初めからそう言って!心の準備ってものが必要なのよ!」
「言ったらどうせ来ないだろ?ほら、もっと友達増やしたいって言ってたじゃん?良い機会なんだし、楽しめよ」
隆二がボーカルを務める三代目JSBの登坂さんと岩田さんがいた。よくテレビで拝見していたから分かる。まぁ、どうせ仲良くなれるんだろうとは分かっているけどやっぱり緊張するもので…
22時からの私のドラマを一緒に見よう!というお誘い付きだった。なんでよりによって今回なんだ…あのシーンがある回ではないか。
「やっぱ生やばいっすね〜僕のことはがんちゃんって呼んでください!」
「僕のことは臣でいいですから。お会いできて光栄です!」
「いやいや、こちらこそ。私のことは怜って呼んでください。後、敬語はいりませんから…」
なんて、社交辞令的な会話を済ませてビールを数本飲めばあっという間に仲良くなれてしまう。私、だんだんと人付き合いが上手くなっている…!!
「私、臣くんのジャ○ネットたかたの高田社長のモノマネが好きなの!やってやって!!」
「はい!ということで今回ご紹介するのはこのクッション!手触りが最高なこのクッションがなんと240万円です!」
「あっはっはっは〜!高すぎ!ヤバい!!最高に面白い!!」
「怜笑いすぎだって!!」
たった1時間で仲良くなって、笑いすぎて顔の筋肉が痛くなっていたら、もう22時。テレビから私の声が聞こえる。
あんなに大笑いしていたのに、ドラマが始まればみんなテレビに夢中で真剣になっていた。
でも、だんだんとキスシーンが近付いてくると、私はあの時のことを思い出してしまう。あのキスシーンの最後に青柳さんから言われたあの一言…
「やっぱすげぇな…演技力。圧倒されちゃったね、がんちゃん」
「なんかうるうるきちゃいましたね」
「さすがだな、でもなんだか妬けるなぁ〜なんてって、……怜?」
____ 僕じゃ、ダメですか?
青柳さんを、違う人に重ねていたのに…そう言われたときは、胸がドキッとした。でも青柳さんは、こんなセリフなかったでしたっけ?と笑って言っていた。
どうしてだろう…今でもあの時のキスが忘れられない。テレビ越しではっきりとあの時の記憶が鮮明に蘇る。演技だったはずなのに…
「怜?…おい、怜!大丈夫か?」
「……ん?…えっごめん!ボーっとしてて…何?良かったでしょ?私の演技!」
「凄かったですよ!もうドキドキしました!」
「でしょ〜?これからもっと面白くなるんだから楽しみにしてなさい!」
なんだかもう自分がどう思っているのか分からない。どうなりたいのかも、どうしたいのかも…分からない。
「じゃ〜私、もう帰ろうかな?明日の朝から撮影あるからさ」
「外まで送るよ」
「いいよ!隆二はみんなと飲んでて…」
「いいって。行くぞ」
隆二の態度が怒っているように感じたのは私だけじゃないようで、臣君もがんちゃんも驚いていた。
マンションの裏口にタクシーを呼んでくれて待っている最中はお互い無言だった。隆二をチラ見してもただ遠くを見ているだけだった。
「なんで怒ってんの…言ってくれなきゃ分かんないよ…」
「………何でだろうな。平常心を保つので精一杯だったけど、やっぱり無理だっただけ」
「どういう意味?」
「なんであんな顔すんの。演技だろ?台本上のシナリオだろ?なのに…なんでそんな悲しそうな顔すんだよ」
そう言って、優しいようで少し強引に抱きしめられた。
「誰の事考えてんだよ…怜は…」
タクシーが来る様子が見えて、バッと体を離した。隆二の顔が見れなくて、ただおやすみと言ってタクシーに乗り込んだ。
加速する鼓動が、私の心をかき乱す。
胸に手を当ててみる。脈打つ私の心臓は、しばらく治まりそうにない。