あの日から伊賀崎くんは忽然と姿を消してしまった。消えたのは伊賀崎くんだけではなくて、伊賀崎くんが最初に着ていたあの忍者みたいな服も、伊賀崎くんが所持していた虫籠も全部消えてしまった。そう、消えてしまったのだ。もとから存在してなかったみたいに。消えてしまったことがわかった日、どこかにぽかりと穴が開いてしまったような、そんな感覚がした。それを友人にゆうと「そう。貴女淋しいのね」そう言われた。そうだ。私は淋しかったのだ。伊賀崎くんは私に淋しさを与えて消えたのだった。あれは夢だったのかもしれない、とたまに考える。私が勝手に見ていた長い長い夢。考えているときにこの子がにゃあと鳴くから、嗚呼、夢ではないのだと思い知らされる。鶴の一声ならぬ猫の一声だ。伊賀崎くんが私に淋しさ以外に残してくれたものだった。猫。あの日はまだそう呼んでいた。今ではちゃんと名前で呼んであげられるようになった。私が名付けたのだ。自分でもすんなりと受け入れることができたのには少しだけ驚いた。「まごへい」呼べば、まごへいは決まって擦り寄ってきてくれる。素直に愛しいと感じた。まごへいへの愛しさも伊賀崎くんが残してくれたものなのかもしれない。
まごへいがあまりに鳴くものだから時計をみると、いつのまにか散歩の時間になっていた。今では私の日課だ。行こうか、と立ち上がった瞬間、私はその場に蹲った。痛い。耳鳴り、だ。頭が割れそうなくらいの耳鳴り。うるさい。うるさい、うるさい。


「あんた、だれだ」


耳鳴りが納まり始めた頃、私ではない誰かの声がした。見れば虫採り網をもった忍者みたいな格好をした男がひとり、私の前にいた。
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