沼にでも体全体が浸ってしまったのかと錯覚してしまうくらい身体が重たい。くすくすと周りの小さな雑音が、さらに羞恥心を感じさせ余計に動きたくなくなった。穴があったら入って、埋まってしまいたい。じっと動けず床を眺めていると影が差した。おれが頭を上げるよりも先に「大丈夫?」と高くもなく低くもない、だけど辺りに通る声が上から降ってきた。その一言はおれを動かすための呪文だったのかと、そう思っちゃうくらいさっきまでの身体の重さが軽減していく。日本語はきっと何気なくかけた声だったのだろうけど、おれはその声に救われたんだって今でもそう思ってる。


「日本語はヒーローみたい」
「なにそれ」
「日本語は勉強もできるし、運動もできるし、しっかりしてるし、どんくさいおれも助けてくれるし、それにやさしい」


指折り数えながら彼女がヒーローである点をあげていく。日本語はなにそれとまたいって笑った。彼女は笑ったけれど、おれは大真面目だった。おれはヒーローみたいなそんな彼女が傍にいてくれるだけで少しだけ弱虫じゃなくなるし、少しだけ強くなれる気がするのだ。おれにとって彼女はひどく大きな存在だった。じゃあ、彼女にとっておれってなんなんだろう。それを考えてすごくこわくなった。彼女からすればおれなんて何人も何人もいる人間の一人でしかないかもしれない。こうして笑ってくれるけど、本当はおれという人間のことを面倒くさいと思っているかもしれない。でも万が一、彼女のなかでおれという存在が大きかったとしたら。なんて考えが少なからずあることに気づいて、すぐに掻き消した。期待なんてするだけ無駄だ。傲慢なうえに臆病者だなんて、なにそれ。本当に救えない。




● ● ●




「速水、なんかあった?」
「なんで」
「なんか暗いよ」
「暗いのはいつもだから」


相変わらずネガティブだね〜。と笑う彼女に嗚呼と少し気が沈んだ。こうして笑っているけど心ではおれが近くにいることを嫌っているかもしれない。おれの後ろ向きな思考を鬱陶しく思っているかもしれない。人の心の中が読めたらな、なんてことも思ったりしてみたけど、見れたら見れたできっといいことなんかない。


「そんなに暗いのが嫌なら、おれなんかに話しかけなければいいのに」


いってしまってからひどく後悔した。ちらりと盗み見た彼女の顔は笑っていなくて、悲しそうというよりは無表情だった。なにもなかった。それを見てさらに後悔した。もう彼女の顔が見れない。俯くしかなかった。俯いてしまえば、涙がどっとこみ上げてきて、それを抑えるのに必死で。そんな自分がばかみたいだった。自分で言ったことにこうやって泣きそうになって。ばかみたい。みたいじゃない。ばかだ。きっと彼女はそんなおれに呆れてる。もうきっと声なんかかけてくれない。そう思ったら、涙なんてこらえきれなくて、とうとうこぼれおちてしまった。それをすこしでも隠そうとさらに俯く。


「ね、顔あげてよ」
「嫌だ」
「速水はさ、もっと自信もっていいんだよ。おれなんか、なんて言わないでよ」
「…日本語は、やさしいから、そうやって…」
「違う」
「違わないだろ」
「違うよ。それ、勘違い。わたし誰にでもやさしいわけじゃないもん」


速水だからだよ、わかった?
やっぱり彼女はヒーローだった。彼女の一言で今日もおれは救われるんだ。


ぐにゃぐにゃしてた/110721

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