彼女には前世の記憶が存在するという。しかも、それは1つの日本語しゃべり子としてではなくいくつもの日本語しゃべり子の記憶を共有しているらしい。彼女の覚えているかぎりでは5度転生を繰り返した。それは人であったり、はたまた魚であったり、とびや花であったこともあるのだと、彼女は笑っておれに話した。おれはただ途方も無いはなしだと思うだけで否定も肯定もすることなく、ただただ彼女のはなしに耳を傾ける。「人のときにおじいちゃんの久々知先輩を見たよ」「魚になったときに池田くんにでくわしたんだ」「とびであったときにね、土井先生に会ったの」「花として生まれたときには伊助が斜め左に咲いていたなあ」「ほかにも、綾先輩も三木先輩も滝先輩も見たよ」彼女のいう、久々知先輩も池田くんも土井先生も伊助も綾部先輩も三木先輩も滝先輩もおれには解らない。だけど、その名前は全部、なんでか安心できる呪文みたいな感じで、昔ながらのアイスクリームを食べたときによく似ている。食べた覚えはないのになつかしい。
なんてね。ホントはどの名前も全くピンとこなかった。日本語さんは発想力豊かな虚言症なのか、もしくは彼女に妄想癖があって脳内にその彼らが住んでいて偶然にもおれに似た人もその一員だったのか、それかおれの気を引きたいからそんなぶっ飛んだはなしをしているのか。でもまあ、おもしろいからいいかなあ。そんなことを考えながら、「なつかしい気がする」と心にもなく呟いてみれば日本語さんはさみしそうに笑う。(あれ、)


「そっかあ、サイトウくんも覚えてないかあ」
「うん。なんかごめんねえ」
「ううん。謝らないでよ。たぶん、あたしが変なんだとおもう。ごめんね、変なはなしばっかしちゃって。頭ぶっ飛んだやつみたいに思っちゃったでしょ」
「そんなこと、おれ、日本語さんの話おもしろいと思ったし」
「あは、ありがとー」


小説家にでもなろうかなあ。なんていいながらズゴゴとパックのイチゴ牛乳を飲み込んだ彼女は笑っていたけれど、やっぱりさみしそうだった。









放課後なんて帰宅部にとっては学校とは全く関係ない時間で、その帰宅部のおれにとっても例外ではない。だけど今日はだれもいない教室にぽつんといた。野球部やサッカー部がわちゃわちゃ活動しているからか、外は割と賑やか。今いる空間が静かすぎるから余計にそう感じる。ホームルームで手渡された紙切れ一枚をそれとなく眺めた。こんな薄っぺらいもので将来を決めなきゃいけないって考えると、なんだか気が滅入る。煮え切らない。そんな気持ちだけが募っていく。友達とばかやっていても、女の子と話してても、好きな音楽を聴いていても、もやもやは消えてくれない。考えてみれば、あの時からだ。日本語さんと話してから極端な話、おれは臆病者にでもなった気分だった。だからといって彼女とはあれ以降関わることはなかった。元々、ただのクラスメートの関係だったおれたちの間が、例のはなしからそれより上に進展することはなかったってだけのはなし。別にそれがどおってわけでもないけれど、彼女のあの笑顔がたまに頭によぎる。その度にああ、まただって思うけれど、でもそれはたぶん恋とか愛とかそんな甘ったるいものじゃない。全然甘くなんかなくて、むしろその逆だった。思い起こすほどこわくなる。彼女のことはよくは知らない。だけど彼女のあの顔は、見たくない、かなあ。そこまで考えて、ぷつんと思考が途切れた。窓ガラス越しに飛行機が飛んでいたから。鉄製の立派なやつじゃなくて、ぴらっぴらの紙製。それを見てからのおれの行動は速かった。゛走らない゛と張り紙がはられている廊下は息があがるのもお構いなしに全速力で走り抜けて、階段は二段跳ばし。ちょっと躓きそうになりながら着いた先には、スカートがバタバタなびくのも気にせずフェンスに寄りかかった日本語さんがいた。

彼女は突然登場したおれにあんまり驚くことなく「ああ、タカ丸さん」と特に表情もなくぼやいただけだった。おれはそれに拍子抜けしたのと、彼女だと確信をもって急いで屋上にきた自分に少しの羞恥心のような思いとがごちゃごちゃしていて、何を話していいのかさえ全く考えられない。少しどもりがちに飛行機が、なんて言い訳のような言葉しかでてこなかった。


「紙飛行機が、みえたから」
「ここからなら遠くに飛んでくれるかなって思って」
「いいの?あれ、進路希望のやつでしょ」


よくわかったねえ。そういって彼女は笑ったけど、やっぱりさみしそうで、だから、そんな顔見たくないんだってば。どうにも身勝手な考えばかりがおれの頭を占領する。


「サイトウくんは進路どうするの」
「まだよくわかんなくて」
「そっか」
「ねえ、日本語さんが出会ったおれは何をしてた?」
「どしたの。そんなこと聞いて」
「すこし、参考になるかなって」


日本語さんがあまり参考にはならないよというから、もしかして前世のおれはよっぽどちゃらんぽらんな人間だったのかと、そう聞けば彼女は笑って違うよという。君はサイトウくんだから、と。
おれはなんとなくわかっていたのかもしれない。この煮え切らない気持ちも、彼女の笑顔の訳も。どこかで理解していたのに。おれは確かに斉藤タカ丸で、だけど斉藤タカ丸ではないのだと。彼女の口から聞かされたことで、この時、はっきりと境界線をひかれた。もやもや、もやもや。ひどい顔をしていた。彼女じゃなくて、おれのことだ。日本語さんは心配そうにおれを見る。そんな顔をしてほしい訳でもないんだけどなあ、と思うよりも先に口が勝手に動いていた。ねえ。ねえ、日本語さん。おれね、


「おれ、あの時なつかしいとか言っちゃったけど、でもホントは全然なつかしくなんてないんだ」
「うん」
「日本語さんのことも全然ピンとこないし、あの時あがった名前だって全然知らない人たちばっかりで、」
「知ってたよ。ごめんね、押し付けがましいことしちゃって。サイトウくんはあのはなし、忘れてくれていいの。あたしのエゴみたいなものだったし」
「違うよ」
「え?」
「そうじゃなくて、いや、違わないかもしれないけど。おれ、全然覚えてなんかないんだ。この先だってたぶん思い出せないとおもう」
「もう、いいよ」
「お願い、聞いて。それでも、思い出せなくても、おれ、日本語さんのこと知りたい」


おれ自身、何をどうしたいのかよくわからなかった。ただただ必死で、彼女の瞳は表面張力ギリギリだったけど、はたから見たらおれも似たようなものだった。


「だから、ねえ、もう一度タカ丸って呼んで」


先にぽろぽろと滴をこぼしたのはどちらだったか、おれには、たぶん彼女にもわからない。



限りないイエローに悩む/110613

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