雷蔵が死んだ。

知らない人間が確かにそういった。まだまだ湿気の残る初夏の日のことだった。わたしはそれに対して、そう、と言っただけ。知らない人間もそれを聞いていただけで、怒りもしないし泣きもしなかった。

そんなわたし達に竹谷は狂ったように泣いて、久々知はわたし達を見ないように触れないように、幽霊として扱うみたいに過ごした。先生も、上級生も、下級生も、一変した態度。人一人いなくなっただけでこんなにも噛み合わなくなってしまうことがひどくおかしくて、ひっそりと笑ったら、知らない人間も同じように笑っていて、さらにおかしく思えた。嗚呼、そういえば尾浜だけが何時もどおり、へらへら笑っていたっけ。やつの神経がよっぽど図太ことをわたしは知っているから、別段驚くことでもないけれど。


「私が私でなくなってしまったよ」


なにを今更。知らない人間が笑いながらわたしにそう言った。そこにはわたししかいなかったからわたしに言ったと解釈したけれど、もしかしたらもっと別のなにか言ったのかもしれない。どっちにしろ、わたしはその言葉を受け流した。わたしにとって、それはすでに知らない人間の言葉でしかなかったからだ。それよりも太陽がうるさくてうるさくて仕方なかった。それに逃げるように固く目を閉じる。それでもその煩わしさから解放されることはなかった。連動するように鳴き喚く蝉はあと何日の命なのだろうか。自分の生き様を鳴き声だけで示す蝉はなんとも美しい、と昔誰かが言っていた。わたしは鳴くだけなんて真っ平ごめんだと、その時、その美学を心の中だけで否定した。今でもなくだけなんてわたしは遠慮したい。うっすら目を開ければ狭い狭い隙間からこれでもかと光が入る。知らない人間の人影は思っていたよりも間近にあって、未だ笑っていた。そしてわたしも笑っていたことに気づく。


「私に言いたいことはあるか」
「言いたいことねえ」
「なんでも言え。今日は特別な日だ」
「うーん…。…残念ながら今のあんたに言いたいことなんてないわ」
「ふふ。違いない」


見てくれも、声も、笑い方すら、やはり知らない人間だった。しゃべるんじゃなかったと少しばかりの後悔が押し寄せる。そんなことを知ってか知らずか、わたしの思考など無視して知らない人間は言葉を続けた。雷蔵は幸せだったのだろうか。と。なにを、馬鹿なことを。この知らない人間はわたしを笑い死にさせたいのだろう。


「幸せだっただろうさ」


わたしの呟きは蝉の声にかき消された。








蝉は迷いがなくていいなあ。そうぼやいたのは雷蔵だった。雷蔵が蝉なら土の中からでるかでないか迷って迷って迷って、そこで一生を終えてしまうだろう、とわたし達は笑って、それを聞いた雷蔵は不服そうな声を上げて、でも一緒に笑っていた。蝉の生き様は美しいと言ったのも確かに雷蔵だった。蝉に生まれ変わるのも悪くないかもしれないと言ったのは誰だったか。だけど、やっぱり泣くだけなんて真っ平ごめんだ。



なななぬか/110612

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