「かなしそうに歌うのね」


ニンゲンは私に向かってそう言った。そう言った人間も怪我をしてとても痛いときみたいな、そんなかなしそうな顔をしていた。今にも泣きそうに顔を歪める。

私には家族というものがいなかった。気づいたときにはここにいて、そして独りだった。叫んでも叫んでも誰も返事をくれなくて最初はすごく怖かった。だだっ広い、水面ばかりが写る視界がよりいっそう不安感をつのらせた。ずっと鳴いて鳴いて鳴いて、やっぱり返事をくれなくて、答えてくれたのは鳴くたびに跳ね返ってくる自分の声ばかり。


「ねえ、あたしと来る?」


おもむろにそう問われて、そのとき私がどう思ったのか、どう答えたのかはもう忘れてしまった。だけどスムーズにニンゲンに捕らえられたのは確かだ。ニンゲンはしゃべり子と名乗り、これまたスムーズに私を暗闇の中から日向へと引きずりだしたのだった。私はずっと洞窟の中で暮らしていたから、はじめて空を見たときは自然と涙が流れた。「空ははじめて?」しゃべり子の問に応える代わりに歌をうたった。「きれいね」見上げると色とりどりの橋がかかっていた。あれが虹であることを教わり、私はまたうたった。
それからとゆうものしゃべり子と旅をした。しゃべり子は旅の中でいろいろなことを教えてくれた。月が光る原理から太陽の温度、海が青い理由など様々な知識を私にくれる。その度に私はうたうのだった。私の歌を聴いて、しゃべり子は初めて会ったときのように、かなしそうな顔をすることはもうなかった。



金曜日になく悪魔/101012

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