たとえば、それは呼吸みたいなものならば、生きることには欠かせない。それをやめてしまえば病院やなんかで複雑に絡んだ管や、ややこしい機械と過ごさない限りきっと死んだようなものなのだから。もし、それが心臓みたいなものならば、生きるためには必要だ。それがなかったらやっぱり病院でややこしい機械に囲まれなくちゃ何もかも動かなくなってしまうものね。彼にとってポケモンは心臓でバトルは呼吸だ。ポケモンがいなければ、体中の血液も酸素も廻らない。バトルをやめてしまえば、ごく自然にピタリと心臓は止まるのだ。どちらか、もしくは両方がなくなってしまえば彼、レッドは息絶えてしまうのではないだろうか、そうわたしは考えていた。だから、レッドが長い長い旅の後行方を暗ましたことに対して不思議に思わなかった。少し心配はしたけれど、それは彼が゛生きるため゛に選んだのだ。だから、


「レッドの居場所、知りたくないか」


にやにや。
意地の悪そうな笑みを浮かべて言ってきたグリーンにエルボーをくらわしたくなったのは不可抗力だ。彼がどこでそんな情報を手に入れたのか知らないが、わたしにとってレッドの居場所なんてものは毛ほども気になることでも知りたいことでもなかった。レッドはポケモンとバトルがなくなれば死んでしまうけれど、裏を返せば彼はポケモンとバトルさえあれば生きていけるのだ。別に。とそっけない答えをだしたわたしにグリーンはつまらなそうに顔をしかめた。
それからすぐだった。レッドが、あのポケモンバカが帰ってきたのは。どこにいたのか。どんな生活をしていたのか。問いたくなるほど彼はボロボロだった。もうホントにボロッボロ。なんでも山籠りしてた最中に出会ったトレーナーとのバトルに負けちゃったから帰ってきたらしい。これはグリーン情報。なんでもそのトレーナーはジョウトとカントーを制覇して、四天王とチャンピオンすら倒してしまったとか。レッドのことをバカだろと笑ったグリーンもそのトレーナーに負けているということだ。どうやらわたしの幼なじみはバカばっかりらしい。
レッドが帰ってきてから数日がたったある日。とある客人がうちを尋ねてきた。客人てゆうかレッドなんだけど。彼は来るやいなや何も言わずにずかずかと上がり込んできた。実に不本意だが追い返す理由もないから仕方なく彼を客間に通して、オレンジジュースを2つのコップに注ぎ分け持っていく。彼はおとなしく座っているだけだった。オレンジジュースの入ったコップを手渡しても何も言わない。まさに沈黙である。お互い一言もしゃべりもしない。レッドとの沈黙なんて物珍しいものではなくて、むしろよくしゃべるレッドの方が不自然だ。ここにグリーンがいればわたしとレッドの沈黙もシカトしてしゃべり続けるのだろう。レッドとグリーンは両極端なのだ。足して2で割ればいい。昔っからそう思っていた。


「治らないね」
「何が」
「その、ストロー噛む癖」
「…大きなお世話よ」


意外にも沈黙を破ったのはレッドの方で、わたしのストローはすでに役目をはたしてくれなさそうなくらいぺたんこになっていた。「で?話って?」聞けばレッドはストローでくるくるとコップの縁をなぞっていた手を止めてわたしを見た。重々しく口を開く。「旅に、出ようと思う」ゆっくりとした口調で言った。その言葉にわたしはただ「そう」と言っただけだった。わかっていた。彼はポケモンとバトルがないと生きていけない。こんなこと想定の範囲内。


「もっと、もっと、遠くに行こうと思うんだ」
「うん」
「また暫く帰ってこないと思う」
「うん」
「だから」


だから、しゃべり子、一緒に来て。
「うん」と言い掛けたのを寸で止めた。代わりに「は?」と間抜けな音が漏れる。一緒に来てほしい。もう一度、強く言ったレッドを見つめた。彼は至って真剣だ。また沈黙が始まる。聞こえるのはレッドがまたくるくるとストローを回し始めたのと一緒にコップの中で回る氷のカランカランとゆう音だけだ。今度の沈黙を破ったのはわたしの方で、レッドのお願いに対する答えだった。


「ふざけないで」







次の日、レッドは旅立っていった。行き先はわたしの聞いたこともない地方で、彼はそこで新たなポケモンと出会いバトルをして、また強くなるのだ。誰よりも強くなるのだろう。これでよかったのだ。彼はポケモンとバトルで生きて、そして強くならなけばいけない。それはきっと、オーキド博士から初めてのポケモンをもらって、このマサラを旅立ったあの日から決まっていたことなのだ。
ふと見れば、机の上に見覚えのない一枚の紙切れがおかれてあった。その紙切れはどう見てもチケットで、行き先はわたしの聞いたこともない地方だった。それを見たわたしはなんだかんだ言っても、結局はため息を漏らしつつそれを握ってクチバまで走ることになるのだ。わたしもあの幼なじみ達同様バカなのかもしれない。




溺れ損ない/101010

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