どうしても身体が受け付けないものって一人一つはあるものだ。例えば、嫌いな食べ物だとか、物だとか、はたまた他者であったりもする。人によりいろいろだが、ないという人は本当にまれだろう。そして、わたしにもどうしても受け付けないものがあった。それは言ってしまえばどうしようもないことで、どう対処しようともしきれなかった。彼の笑みだけは視界に入るだけでどうにもならない居心地の悪さを感じてしまう。 「やあ、君か」 片手をあげ、微笑みながら基山ヒロトは言った。真っ直ぐに向かう視線の矛先はわたしを貫く。瞬間、鳥肌が立った。どっと汗が流れそうだ。実際、流れていたかもしれない。そんなわたしに構うことなく、基山ヒロトはわたしに笑顔を向け続ける。暴れだす左胸を押さえて、わたしは極自然を装うけれど、いつかこの感情が表に出てしまうのではないかと不安で不安でしかたなかった。表に出てしまえば、きっと彼は傷ついてしまうだろう。わたしは彼に傷ついてほしいわけではない。とはいっても、やはり彼に対するこの軽いアレルギーの様な反応は治ることなどなかった。どうしたものか。とりあえず、わたしはこの反応を基山ヒロトアレルギーと名付けることにした。 「…お前、それってアレじゃん」 「アレ…?」 聞き返したことで少々頭を抱えだした男は南雲晴矢だ。基山ヒロトアレルギーに対してどうすることもできず、八方塞がりな状態のわたしの相談役をかって出てくれた。そんな彼もうまく言葉にできないのか、あーとかうーとかそういった言葉で濁してしまう。 「だから、な。お前のそれは」 「それは?」 「あー、だからな、こんなこと第三者がゆうもんじゃねえ気がすんだけど、な」 「うん。で?」 「だからあ!」 なんで自分で気がつかないんだよ!躍起になって晴矢は叫ぶ。「ヒロトをみただけで体が固まって胸が痛くなるんだろ!そんなのアレしかねえじゃん」そうか。その通りだ。晴矢の叫び声で目が覚めた。やはりわたしは基山ヒロトが嫌いなのだろう。自分でも嫌になるほどの拒絶反応。誰が見てもそうとしか思えないらしいのだから救えたもんじゃない。それならば晴矢には悪いことをしたなあと思う。お前、あいつのこと嫌いなんだよ、なんてとても言いづらいことじゃないか。今度、晴矢にちゃんとお詫びをしよう。そう思って晴矢と目線を交えた瞬間、彼からとびでた言葉に全身が震えた。 「お前、あいつのこと好きなんだよ」 晴矢に相談してから、基山ヒロトアレルギーは治るきざしも見せないまま数日がたった。治るどころか、ますます酷くなっていくようにも感じる。今では基山ヒロトの声を聞くだけでも身体が硬直してしまうところまで悪化していた。この数日の間に風介にも相談してみたが、彼は顔を真っ赤にして「そそ、そんなこと私に聞くな!」と、耳元で怒鳴られてしまった。彼がどうして怒ったのかはわからない。時間がたっても治りはしないものの、変わってしまったことはあった。わたしが基山ヒロトを避けだしたのだ。声を聞くだけでアレルギー反応がでてしまうのだから、もう避ける以外対処法なんか思いつかなかった。だけど、そんなわたしの軽率な対応を彼はよしとしてはくれなかった。 「ねえ、なんで避けるの」 わたしの右手首を掴み、真剣な声色と真剣な眼差しでわたしを追い詰めたのは基山ヒロトその人だった。いきなりのことでわたしの頭は軽いパニック状態だ。そんなこと知ったことじゃない基山ヒロトはさらに詰め寄り、俺のこと嫌いになった、そう問い掛ける。ちらっと見えた彼の瞳は悲しみを帯びていて、ぐらりと揺れる。違うよと否定するも彼の悲しみは消えない。なら、なんで避けるの。なんで晴矢と風介とは楽しそうに話すのに俺とは話してくれないの。なんで目を合わせてくれないの。彼の悲しみは増すばかりだ。違う。わたしは彼にこんな顔をさせたいわけじゃないのに。わたしは、そう言い掛けたところを基山ヒロトは遮って言った。 「俺はこんなにも君のことが好きなのに」 力一杯抱き締められたわたしはそこでショートした。 まるでピエロね/100711 |