「おじゃましまーすっ!」
「はっはっは!良くできました。」



えいじゅんくんとみゆきせんせいと
―おまり編―



「うぉぉぉ!広いー!」
「あんま走りまわるなよー。」
バタバタとリビングのフローリングを元気に走り回るえいじゅんに、俺はついつい口元が緩むのを感じる。
いつも幼稚園で見る水色のスモッグ姿ではなく、今自分の部屋をはしゃぎ回っているえいじゅんはオレンジ色のパーカーに紺色の短パン姿。
何故か『I from NY』とでかでかと赤い文字でプリントされたパーカーにツッコミたいのはやまやまだったが、この際出身地なんて細やかな問題だ。
「みゆきー!おとまり!おとまり!」
「そうだなー、はじめてのお泊まりだなー。」
今日はえいじゅんが家にはじめて泊まる記念すべき日なのだから!



『え、結婚式?』
幼稚園へえいじゅんを迎えに来たお母様がはぁっとため息をついた。
『そうなのよー。義妹の結婚式でね、郵便事故で届いてなかったらしくていきなり電話で明日だから〜って。これから新幹線に乗って長野まで帰らなくちゃならなくて…。』
はぁっ…とまた深いため息。
ここ東京から長野まで帰るのは一苦労だろうとご苦労様ですと苦笑いを溢した俺に、お母様はそうなのよーと困った様に眉を下げた。
『それでね、栄純も連れて行きたいところなんだけど結婚式に出るだけだし…どうしようかと思って。』
暁くん家に栄純をお願いしたかったんだけど…と言うお母様に表面上困った顔を取り繕いながら、俺は内心先に帰った暁にGJ!と親指を立てた。
あのくそ生意気なガキんちょなんかの所に可愛い可愛いえいじゅんをお泊まりに出さなければならないなんて、それこそなんの嫌がらせかと思う。
園児相手に大人気ないと言われればそれまでだが、残念ながら恋は戦争だ。
相手が園児だろーがえいじゅんの大好きな戦隊ものの二次元ヒーローだろーが全力で叩き潰すしかないだろう、この場合。
『困ったわー…やっぱりえいじゅんも連れていこうかしら…?』
んー?とお母様と手を繋いでいるえいじゅんが上目遣いに目をぱちぱちと見開いている。
確かにえいじゅんの歳で1日で長野への帰郷は負担だろう。
結婚式という冠婚葬祭で両親もろくに目をかけてやれないだろうし、なにせえいじゅんだ。
場の空気も読まず騒ぎ出してしまうことは間違いない。
ま、それがまた持って帰りたいくらいの可愛いさなんだけど。………………ん?
『あの、沢村さん。』
『はい?』
『えいじゅん、ウチで預かります。』
と、まぁこんな塩梅でえいじゅんのお持ち帰りに見事成功した俺。
営業スマイルといつもの態度の積み重ねかそこそこえいじゅんの両親から信頼のある俺は、最初こそ躊躇ったお母様に笑顔でごり押しし同僚の倉持の冷ややかな目線を受けながらえいじゅんと仲良く手を繋いで帰宅したのだ。

「えいじゅん、晩ごはんなに食べたい?」
「ん?うー……おむらいす!」
かっわいいなこのやろう!
にぱっと足元から見上げてくる無邪気な笑顔に思わず目眩がする。
今更ながら大好きで大好きで堪らないえいじゅんが自分の家にいることを実感して幸せを噛み締めた俺は、よしよしとえいじゅんの頭を撫でて微笑み返した。
「よし、オムライスな。ちょっと待ってろ、直ぐできるか…らっ?」
久々に料理に対してやる気が出てきたからか長袖を邪魔にならない程度に肘辺りまで捲り上げ、よしっと台所に向かう足取りは軽……くない。
踏み出そうと動かすも何故だか重りがついたみたいに動かない右足をそろそろと見下ろせば、そこにはコアラのように俺の足にしがみついているえいじゅんの姿。………………危ない、今理性飛びかけた。
「えいじゅんさーん?俺料理できないんだけどー?」
とりあえずえいじゅんに被害がいかないよう細心の注意を払いながらそのままずりずりと台所へと歩いてみるも、当の本人は離れる気がまったくないのか更に腕の力を強めてきた。
「おれもてつだう!」
うん、抜群可愛いけどえいじゅんさん、現在進行形で足引っ張ってます。
「手伝ってくれんの?嬉しいなー。」
それでも足にまとわりつくこの小さな存在が愛しくて堪らない。
営業スマイルじゃない素の顔でにこにこ笑いながら準備をしていく俺に、えいじゅんもへへへと笑っていた。
「えいじゅん好き嫌いは?」
「ない!」
「偉い偉い。じゃあライスはピーマンと玉ねぎとニンジンと…。」
「うぃんなーも!」
「ははっ、了解。」
とりあえず足に引っ付いているえいじゅんをリビングにあった椅子に乗せて隣で覗けるようにして、ライス用の具をどんどん切っていく。
「危ないから手ぇ出すなよ。」
「わかってる!ふぉー…みゆきすげー!」
「はっはっは!当たり前!」
ひょこっと覗き込んでくるえいじゅんに尊敬の眼差しで見られついつい鼻が高くなる。
これくらい一人暮らしなら出来て当然だが、それすらキラキラした目で見てくることが少しくすぐったい。
ピーマンと玉ねぎを細かく切って、ニンジンはさいの目切りウィンナーは輪切りにすると、下からフライパンを取り出して油を敷いた。
「火ぃでるからなー。」
「おぅ!…ってうぉぉ?!」
ボッと点火したコンロにびっくりしてバランスを崩しぐらぐらと揺れたえいじゅんに爆笑しながら、テキパキと具材を炒めていく。
えいじゅん相手なら味は濃すぎるとダメだろうと、少しの塩コショウで味を付けた後に家を出る前に炊いておいた白飯を入れた。
いつもより多く炊いていた偶然に感謝しつつも、水分をなるべく飛ばすために勢い良く炒めていく。
ぐちゃっとした水っぽいライスはあんまり好きじゃない自分の調理法なのだが、えいじゅんは驚いたようにびくっと身体を震わせて椅子から下りた。
「えいじゅん?」
「みゆき、さらどこ?」
…いい嫁になりますこの子。
「あー、ちょっとタンマタンマ。高いとこにあるから俺取るわ。」
「おれもなんかてつだうー!」
キラッと光った瞳にドキリとしながらも、やっぱり危ない事はさせられない。
「えいじゅんには重要な役目があるから待機な。」
「まじで?!わかった!」
宥めるようにそう言えば、物分かりがいいのか素直に頷いてまた椅子によじ登ってきた。
「よし、ライス完成!あーとーはー…。」
一旦コンロの火を止めてフライパンを置き、戸棚から白い皿を二枚だして机に並べる。
とりあえず完成したライスを2つに分けて盛り付けると、空になったフライパンを流しに置いて汚れが取れやすいように水に浸しておいた。
それを放置したまま新しいフライパンを取り出して再度油を敷くと、もうラストスパートだ。
冷蔵庫から卵を取り出して3つ程ボウルに入れてかき混ぜる。
手早くそれを熱したフライパンに流し込むと、ジュウッと焼けたいい匂いが台所に充満した。「ふわふわなやつがいい!」
「はいはいわかってるって。」
半熟になるようにかき混ぜ固まらせながら焼き、ふわりとライスの上に乗せて割り開くと、うん、思いの外上手くできたな。
とろとろの半熟卵に目を輝かせたえいじゅんがそわそわしながらこっちを見つめてきた。
ヨダレが垂れかかっている口元に思わず苦笑しながら、タオルで拭いてやって二つ目に取りかかる。
「みゆきすげー!」
「それ本日二度目!」
「うぉー!」
「もうちょい我慢な。」
「かあちゃんのおむらいすよりすげー!」
「そりゃ良かった。っと、出来上がり!」
二つ目は少し形が崩れたけど…まぁ俺のだしいっか。
足元できゃっきゃと騒ぐえいじゅんに引っ掛からないように、オムライスが乗った2つの皿をリビングの机に移動させる。
引き出しからスプーンを2つ出してほれ、と渡すと嬉しそうに机まで運んでいく姿が微笑ましい。
うん、やっぱいい嫁になるわ。
「みゆきー、こっぷこっぷ!」
「わーかったからちょっと落ち着きなさい!」
コップを2つに麦茶のペットボトルを出すと自分が持つのだと駄々をこね始めたから、仕方なく今度はコップを2つ渡してやった。
この小さい生物はどうにもじっとしていられない性質らしい。
コップを机に置いてもまだ落ち着かないのかそわそわと行ったり来たりを繰り返している。
「ほらえいじゅん、ケチャップ。これをオムライスにかければ完璧。できるよな?」
「まかせとけ!」
冷蔵庫からトマトケチャップを出して渡してやると、勢いごんでケチャップを抱えてリビングへと走っていく。
…かっわいいなー…ラブリー。
ついにやにやと緩む頬をパチッと叩いて引き締めてから自分もリビングに向かうと、ぶじゅっとなにか勢い良く出た音がした。
………まさか。
「えーいじゅーん?」
「みゆきみてみて!」
あーあ、食べてもないのに顔にケチャップ付いてるよ、盛大に爆発させたなこりゃ。
やれやれとティッシュペーパーで頬を拭ってやれば、んーと嫌がって「とりあえずみろよ!」とぺしぺし腕を叩いてくる。
「だからな…に…。」
『みゆきだいすき』
拙い平仮名のケチャップ文字が黄色の卵の上に踊っていた。
『だいすき』の『き』の部分で爆発したらしく文字が少し潰れてしまっているが、俺にとってはそんな事はなんの問題にもならない。
得意気に笑うえいじゅんを思わず抱き上げてぎゅうっと抱き締めると、当の本人はくすぐったそうに身を捩った。
「俺もえいじゅん大好き!」
「へへへー。」
もうコイツは俺をどうしたいんだ!
一頻り幸せを噛み締めた後に、二人でにこにこ笑いながらふわふわのオムライスを食べた。
せっかくえいじゅんが書いてくれたあの文字を潰すのは果てしなく気が引けたのだが、「たべないのか?」なんて首を傾げられたら食べないわけにはいかず、ケータイで写メを何枚か撮って胃の中に収めた。
「さ、後は風呂だな。」
なんやかんやで時間を取ってしまった夕飯の後は、すっかりケチャップでベトベトになってしまったえいじゅんを洗わなくてはならない。
無邪気にオムライスを頬張る姿はハムスターの様で愛らしいのだが、食べることに夢中のえいじゅんは顔がケチャップまみれになってもまったく気にしないのだ。

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