それはいつも
背中越しに感じていた熱



後ろと背中、それから



キィ…。
錆びた鉄を引っ掻くみたいな音が鼓膜を震わせた。
ペダルを交互に踏み出す度に悲鳴をあげているママチャリに股がって、僕らはゆっくりと帰路に着いている。
田んぼと畑が一面に広がる光景をじわじわと橙が染め上げて、まるで急かすみたいに沈んでいく太陽は進行方向とは逆。
「ホントに、来てないの?」
僕はその太陽から思考を逸らすみたいに、後ろの荷台にちょこんと乗っかっている兄に声をかけた。
「来てないって。同じ家なんだからわかるだろ。」
「栄純が間違えて落としたとか。」
「落とすかバカ!」
「………。」
栄純の声は至極明るい。
無理をしている風でも、悲しみを装ってる風でもなかった。
どこかすっきりした顔で、けれど寂しそうに笑っていたのを肩越しに振り向いて見てしまってから振り向けなくなる。
僕らは双子だ、二卵性双生児。
一卵性とは違って別々の卵子から産まれてきたから顔は似てないし、背格好だって僕の方が大きい。
性格では先に産まれてきた実質的兄になる栄純の方が明るく社交的で、反対に弟の僕は昔から人見知りが激しく人に馴染めずにあるのだけれど。
「暁のトコには来たろ?青道の合格通知。」
変声期途中らしい中学男子にしては高いトーンで、なんでもないかのように背中に声がかかる。
「………うん。」
「俺宛じゃなかったって事は、俺は合格じゃなかったって事だろ。」
「………うん。」
中学の受験時期、僕らは東京の青道高校を受験することを決意した。
理由は野球をしたいから。
実家であり、故郷北海道から小学生の頃引っ越して来てずっと住んでいる長野を離れてまでしたい野球。
スカウトの高島とかなんとかって人が僕ら二人を見て「甲子園に行きたくないか」と声をかけてきた時は、栄純とは違って表情は変えなかったけど内心心が踊った。
長野で野球をすることも悪くない、栄純のおかげで人付き合いの悪い僕でも仲間が出来たし、それなりに楽しく野球をやっていた。
けれど…どこか物足りなさを感じていたのも事実。
「東京行って甲子園出て、強いヤツと戦うんだろ?しっかりしろって。」
ばしんっと背中を叩かれて漕いでいた自転車がぐらりと小さく揺れる。
だからしっかりしろよ!なんて背中から聞こえる声を無視して危なっかしくもスピードを上げれば、悲鳴を漏らしながらしがみついてくる小さな両手。
この両手の主と、僕は甲子園の土を踏むことを夢見た。
彼は、合格しなかった。
合格通知が届いたのは家の中で僕だけ。
つまり、彼と共には行けない、ということになる。
ショックを受けたのは、栄純じゃなくて、僕。
「行くんだろ?明日。」
「…朝の新幹線で。」
「そっか…。」
ぎゅうっと力を込められた腕から、ふわりと香る土と汗の匂い。
さっきまでお別れ会と称して仲間と白球を追いかけて転げ回っていた時には想像もつかない程細い腕だった。
「春休みから行っとかないと一人暮らしの準備とかあるし…。」
「寮には入んねぇんだっけ?」
「部屋がもうないって。」
「ちゃんとしとけよ青道ー。」
明日から、彼の笑顔の隣に僕はいない。
産まれた時からずっとずっと一緒だった僕らが離れる時間が、刻一刻と迫ってきている。
耐えられなかった。
片時も離れることのかった半身がいないと考えるだけで、ぽっかりと空く心の穴。
それは兄だから、双子だからではなく『栄純』として、愛していた彼を失った悲しみ。
想いを伝える時なんて来ない恋だった。
兄弟で、男。
受け入れられるはずのない想いを抱いたからの罰なのだろうか。
なんて、らしくもなく神様とやらを呪ってみたくなる。
「今日、暁の部屋で寝ていいか?」
ぽつり、溢れた言葉に静かに頷く。
後ろから聞こえてきた声は震えていて、きっと泣き虫な兄の事だ。
学ランの背中は涙で濡れているのだろう。
「悲しい…?栄純。」
「あっ…たりまえ、だろ、バカ。」
「そう…。」
自分が不合格でも流れなかった涙が、自分に向けて流されているという事実に唇を噛み締めた。
言ってしまおうか?
…そんな勇気無いくせに。
言いたい…けど、勇気は無くて。
「寂しい…。」
「俺も…。」
「栄純がいないって考えられない。」
「…うん。」
「もう二人乗りとか、出来ないね。」
「そうだな…。」
「嫌だ、な。」
「でも、お前は青道で勝つんだろ?」
じわり。
彼の言葉から溢れた熱が、染みた。
「勝つよ。」
「うん…。」
「僕は勝つよ。」
「うん…。」
「勝ったら、電話するから…。」
「…うん。」
「好きだよ、栄純。」
きゅっと、小さく震えた腕が堪らなく愛しかった。
「…うん。」
彼の熱で勇気をもらって呟いた愛の言葉。
小さく頷いた彼から、俺もと聞こえてきても素直に喜べなかった。

けどきっと僕らは愛し合えるんだろう。

距離なんか関係なく、繋がった沢山の気持ちでいつだって想い合えるはずだ。

「好きだ、暁。」
「…もっと早く言えば良かったな…。」
「ホントだよ、バカ。」
「バカバカ言い過ぎ。」
「バーカ。」

太陽が沈んで、自転車のスピードを更に上げて。
背中に感じた熱に小さく安堵のため息を吐いた。



勇気なんかじゃなくてただの腕がしかっただけ




「降谷、もう今日はダウンしとけ。入学そうそうオーバーワークすんなよ。」
「……(つーん)」
「はっはっは!無視かこら。」
「おーい、暁ー!」
「え…いじゅ…?!」
「あ?…なんだ降谷、知り合いか?」
「ちはー!暁の兄の栄純っす。」
「え゛、兄?!」
「な…んで…。」
「いやー、なんか郵便事故でさ、合格通知が届いてなかったっぽいんだよな。」
「…………。」
「ったく、ホントしっかりしろよ青道ー。」
「じゃあ…。」
「おぅ!俺もこれから青道に行く…うぎゃっ?!い、いいいきなり抱き着くなバカ!」
「…良かった…。」
「……ったく、ホント、バカだな。」



「降谷ー。」
「なんですか御幸先輩。」
「お前の兄貴可愛いなー。もらっていーい?」

(やっぱ長野の方が安全だったかも…。)
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