「お仕事はいいから俺とイイコトしよ?」
倒産しねぇかなこの会社。







「なーなー、えーじゅ…。」
「はいこれ次のプロジェクトの資料!」
やけに甘ったるい声を漏らすそいつのテカテカしたモノトーンのデスクに蛍光色のファイルをどさどさと雪崩れみたいに落としてやる。
溢れかえって山になって、ごちゃごちゃしたデスクにふんっと鼻を鳴らす。
所詮、嫌味だ。
「う、わぁー…。」
「金丸のとこの企画が今相手方と契約更新中だからそれの資料、春っちんとこの新しいプロジェクトも形になりはじめてるからそれの報告書、倉持さんのとこが海外のマーケットで波に乗り始めてるから御幸交えての外国企業へのコーポレーションガイダンス実行の要請、クリス先輩からの社内状況の報告書と…。」
するり。
「ひぎゃっ!」
「んー、色気ねーなー。」
色気もくそもあってたまるか!
「け、けけけケツ撫でんな!」
「ん?」
「ん?じゃねぇ!」
黒革の椅子をギシッと鳴らしながら優雅に組み換えた足の主をギッとひと睨み。
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるこの眼鏡の優男は自分の勤めているブラオコーポレーションの社長、御幸一也その人である。
並々ならぬ企業拡大の才能とカリスマ性を持ち、弱冠23歳でこの会社を設立、約3年で一流企業へと発展させた。
…ぶっちゃけあり得ないと思っている。
「そりゃ目の前に美味そうなケツあったら誰でも撫でるだろー。」
「黙れセクハラで訴えるぞ。」
「訴えれるもんなら訴えてみれば?」
全権利を行使して揉み消すから、なんてにんまり笑いながら言うコイツが一流企業のトップだなんて信じられない。

いや、信じたくない。

大学を出てやっとの思いで就職した一流企業。
地元の両親も喜んでくれたし、この不景気の中ラッキーだと思った自分が馬鹿だった。
就職して直ぐヒラ社員として使われるのだとぼんやり思っていたのに、あれよあれよと秘書検定を取らせられ仕事を叩き込まれ、いつの間にか社長付き秘書にまで大出世を果たした俺。
その裏にはこの変態社長の陰謀が隠れていたとは、まったく自分もツイてない。
「…仕事してください。」
「えーじゅんがちゅーしてくれたらす…。」
「さ・わ・む・ら・です。」
秘書になってから度重なるセクハラ行為に仕事の公私混同、挙げ句の果てにはガチ告白してきやがったこの眼鏡はまったく仕事をやりやがらない。俺がくる前はそこそこ(サボりつつも)仕事をやっていたらしいが、最近じゃギリギリまでサボろうとしやがるから俺ももう会社が倒産しないかと必死だ。
それでも俺がクリス先輩と別件で仕事をしている合間に三倍程の仕事をこなすのだからブラオは未だ一流なのだが。
…いっそ倒産して痛い目にあえばいいのに。

「御幸、だろ?」
「は?…ってうぉぉぉ?!」

ぼそっとなにか良からぬ事を言ったらしい御幸にいきなりスーツのネクタイを引っ張られて前のめりに倒れそうになる。
それをギリギリの所で椅子を動かし、涼しい顔して自分の膝の上に乗るように仕向けたコイツは一体なにものだ。
いきなりのアクションに若干冷や汗をかきながら目をぱちりと見開く俺に、御幸は満足そうに自分の唇をぺろりと舐めた。
うわ…直視できねぇ…。
「御幸栄純、だろ?」
「んなっ…?!意味わかんねぇし!」
「とりあえずなに不自由無い人生をやるから嫁に来い。」
「ざけんなボケ!断固お断りだ!」
「えー?権力持ってるし経済力もあるし見た目も完璧なこの俺を断るなんていい度胸してんな。」
自分で言うなこの野郎…!
そう言ってビンタの1つでもかましてやりたかったが、激しく残念ながら世間的には間違っていないらしいので睨むだけに留める。
確かにコイツに言い寄る女の人は沢山いるしモテるし…なのになんで俺なんだっつーの!
「とりあえず仕事しろ!この変態眼鏡!」
「えー、沢村くんこわぁい。御幸やる気なくしちゃったぁー。」
「うっぜぇぇぇぇ!気持ちわるいんだよとりあえず…んっ!」
我慢の限界からお得意のビンタを試みるも、難なく左手を掴まれ止められるとそのまま身体を引き寄せられて首筋に唇を寄せられる。
ちゅっと、リップ音を発しながら首筋をつっ…と舐められてぞわっと全身が総毛立った。
「ヤる気は起きたけどな。」
くらくらする程の色気を発しながら、甘く溶けるような蜂蜜色の目に射ぬかれて目が離せなくなる。
しゅるっと器用にネクタイとジャケットのボタンを外していく相手の肩を押して微かな抵抗を試みるも、掴まれた左手からビリビリと電流が走ったように麻痺して強く動けない。
俺の反応に満足気ににやっと口元を吊り上げた御幸は、ゆるゆると緩慢な手付きでシャツ越しにいやらしく胸の突起を撫でてくる。
「んぅっ…あっ……!」
「栄純……。」
耳元で掠れた声で名前を呼ばれれば全身の力がくたりと抜け、鼻にかかった声が自分の口から漏れた。
流される…!
そう覚悟してぎゅっと目を瞑った瞬間…。



「かずやぁぁぁぁぁあ!」



社長室の分厚い扉が破壊する音と共に入ってきた小柄な影に、御幸の手がぴたりと止まった。
チャンス!と捕まれていた左手を振りほどいて慌てて膝の上から転げ落ちるように脱出する。
横からチッと盛大な舌打ちが聞こえたが、舌打ちしたいのはこっちだこのやろう!
「俺新しい企業の契約とってきたよ!褒めて!」
突如乱入してきた男はこっちの事情もなんのその、ニコニコと無邪気に笑いながら御幸の元へと駆け寄ってきた。
成宮鳴。
この会社の課長であり数々の契約やプロジェクトを成功させてきた強者であるが、いかんせんわがまま放題の言動に足を引っ張られ出世できないでいる男であった。
「あー、エライエライ。」
「でっしょー?流石俺って感じじゃない?!だからさぁ、やっぱ俺を秘書にー…。」
「はいこれ次の仕事な!」
若干棒読み気味の御幸のセリフに嬉しそうにすりすりと頭を擦り寄せてくる鳴に、御幸は面倒な発言を言わせないうちにデスクの上のファイルを何冊か押し付けた。
鳴が入社する前からの知り合いだという二人は腐れ縁(鳴に言わせれば運命)であり、昔から御幸にぞっこんの鳴はなにかにつけ社長に付き従う秘書という自分の立ち位置を狙ってくるのだ。
ぶっちゃけ不本意なこの仕事をやってくれるのなら喜んで譲るが、いかんせん御幸が許さない。
あぁ…面倒だこの二人…。
「えー!またぁ?!この前もそうやって話はぐらかしたじゃん一也の馬鹿!」
「馬鹿はお前だ馬鹿。忙しいの俺は!」
「ウソつき!全然一也仕事しないじゃん!」
「してますー。何気に最低限の事はしてますー。」
「栄純ばっか構うくせに!」
「だって俺栄純大好きだもん!」
「俺だって一也大好きなのにー!」
…ホント面倒だこの二人。
コンコンッ。
「失礼します。」
ぎゃあぎゃあと未だ押し問答を続けている二人にげっそりしていると、軽いノックの後にカチャリと扉を開けて長身の人物がするりと入ってきた。
「栄純。」
「あ、暁。」
てこてことゆっくりした足取りで近付いてきたのはこの会社唯一の雑用係、降谷暁であった。
「頼まれてたもの…。」
「もうできたのか?!」
渡されたクリアファイルに驚きで目を丸く見開く。
確か今までの契約会社から徴収した契約更新のリストをまとめるように朝一番で言ったのだが…まだ昼前だぞ?!
「一応前例を出して分かりやすくまとめてはみたんだけど…。」
ばらばらと資料を捲ると、確かに。
分かりやすくかつ改善点と改善策まで的確に分析されてある。
仕事をしない社長を目の前にしていたからか完璧な仕事に感動で涙が出そうだった。
「っ!ありがとな!」
「…それが、僕の仕事だから。」
涙ぐみながらがばっと暁の腹辺りに抱きつくと、よしよしと優しく頭を撫でられる。
あぁ…優しさが染みるぜ…!
コツコツコツコツ…。
「さーわむーらくーん?」
背後から地を這うような低い声がしてびくっと肩が跳ねた。
予想はついているが恐る恐る振り返ると、案の定ハートマークを散らしながら首に抱きつく鳴をそのままに不機嫌MAXの御幸が細い指で仕切りにデスクを叩いている。
「ナンデスカ。」
「ちょっとこっちおいで?」
「嫌。」
ちょいちょい、と黒いオーラを全開する御幸に手招きされるが無視。
なにをされるか分かっているのにのこのこ行くと思ってんのか!
完全にシカトを決め込んだ俺はそのまま暁と仕事の話に入る。





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