「栄純、デートしよう?」
「………はい?」



僕の好きな君の



「かずやっ!一也こっちこっち!」
「はっはっは!そんな急がなくても逃げねぇから!」

ぱっと煌めいた瞳は沢山のモノを写し出し、逸らし、写し出し逸らしの繰り返し。
目まぐるしく変わっていく興味の対象は常に栄純の好奇心を擽るようであれもこれもと忙しそうに色んなものに駆け寄っている。
それを微笑ましげに見守っている一也は、駆け回る栄純と共に走ることはないが、その長いコンパスをフルに活用してなにかあれば直ぐに助けられる範囲内に自らを置いていた。
今日、2月20日は青道高校野球では久々の1日まるまるオフの日で、1週間も前から一也がデートを企画していた日でもある。
長野から上京してきて直ぐに野球部の練習に参加した栄純は、去年の甲子園を終えるまでずっと練習をかかさず続けていた。
新しいチームとして再始動する前のこの休みで、少しでも気を休ませてやるのもいいだろうと恋人兼女房の一也はこうして外に連れ出したのだ。
「一也!遅い!」
「お前がはしゃぎすぎなんだって。」
「だって、犬!犬!」
「はいはい、犬な、犬。」
案の定故郷の長野とは違う光景に全てを忘れて無邪気にはしゃぎまわっている。
連れてきているのはショッピングモールと小さな遊園地が一体になったような所で、大混雑とまでいかないがそこそこ賑わった所であった。
「ディズニーとか連れてったらすーぐ迷子になりそうだからなー。」
まるで子供連れの親の様な心境になりながら、一也は電灯に繋がれたスピッツにじゃれつく恋人を見ていた。
「なんか欲しいもんとかあるか?」
「欲しいもんっつったって…。」
きょろきょろとまた世話しなく動かされる首に苦笑しながら、一也はそれでもいつもの皮肉を言わなかった。
「新しいリスト欲しいかも…。」
「あー、この前泥だらけにしてたもんなぁ。」
お気に入りの黒いリストバンドを雨と泥でぐちゃぐちゃにしてダメにしてしまった記憶は新しい。
暫くはお気に入りを諦めきれずに渋っていたがそろそろ買ってもいいだろう。
そう思いながら不意に一也を見上げると、ふわり、優しい顔で緩く微笑む顔。
『う…わ…。』
いつものニヒルな笑みがまったく影を潜め優し気な目でこちらをか見ているのだから、栄純の胸は一気に鼓動を早めだす。
ドコドコドコッ。
胸を拳で叩かれたみたいな激しい音に耳を塞ぎたくなりながら、栄純は極力平静を装って振る舞うのに必死だった。
「じゃあスポーツショップとか雑貨屋とか、見てみっか。」
「お、おぅ。」
「どんなのがいい?」
「どんなのがいいと思う?」
「オウム返しすんなよなー。」
「してねぇし。」
プレイの時の張り詰めたようなギリギリの集中力を脱ぎ捨てれば、二人はまだ遊びたい盛りの高校生だった。
穏やかな言葉もあまり見ない笑顔も、くすぐったくなるようでどうしようもなく愛しい。
「んじゃ、行きますか。」
1日はまだはじまったばかりなのだから。くすぐったい。
「栄純、ほら。これどうよ?」
「あ、いいかも…っつーか候補増やしすぎなんだよ!」
次々と手渡されるリストバンド達に栄純は困り果てていた。
腕の中には一也が厳選した様々なリストバンドが持たされており、もともとセンスの良い一也が選んだのだから栄純は眉を寄せてうんうん唸っていた。
「うー…。」
「好きなのにすりゃいいんだぞ?」
「好きなのっつったって…。」
どれも捨てがたい。
派手めではなく極力シンプルなデザインのものに小さなワンポイントや控え目な柄のものたちはどれも魅力的だった。

「…どれが似合うと思う?」
「え、俺に聞いてんの?」
「当たり前じゃん、他に誰がいんだよ。」

暫くきょとんと目を見開いていた一也が、ゆっくりと栄純の腕の中に視線を落としてリストバンドを吟味するようにじっと見つめる。
軽い気持ちで聞いたのにこんなにも真剣に考えられると思っていなかったのか、栄純は少し居心地悪そうに目線を泳がせた。

「これ。」

ひょいっと山の中から一也がつまみ上げたのは、眩しい程の鮮やかな青に小さな黄色の星が1つだけ刺繍されたもの。
「あ…いいかも。」
「なんか栄純っぽくねぇ?」
「んー…どっちかっつーと青道っぽい。」
自分のチームのカラーだと口元を緩めると、一也は呆れた様に苦笑していた。
オフでもチームの事をふとした瞬間に思い出してしまうのは最早病気に近いな、なんてヘラヘラ冗談を言いながら。
「んじゃ、これにする。」
「そんな簡単に決めていいのか?」
「アンタが選んでくれたんだし。」
腕の中の山を1つ1つ丁寧に戻しながら何気無く言った栄純の一言に、一也はヘラヘラしていた笑顔が更に緩むのを感じた。
本人はまったくの無意識なのだろうが、一也には効果絶大だったらしい。
んじゃ俺もそれ買って良い?なんて色違いのを調子に乗って指差すと、精密機械のチームみたいな色だから同じのにしろなんて返されるものだからまた更に緩む。
グラウンドにいるあの鋭い送球をしているキャッチャーとは思えない緩み様だった。
「んじゃ、それ貸せよ?」
「は?なんで。」
「いーからいーから。」
栄純の手から2つのリストバンドを無理矢理受け取ると、一也はそのままスタスタとレジに向かって言ってしまった。
あっという間の行動にぽかんっとしていた栄純が我に帰って「一也!」と叫んだ頃には、もうレジのお姉さんに渡して財布を取り出した後。
やられた。
そう思ったがもう遅い。
前々から奢る奢られるを食べ物以外のものにはとてつもない抵抗をしていた自分に、一也が少し不満に思っていたのは知っていた。
それを否定し、内緒で買ってこよう等とした日にはとんでもなく拒否した事も確かにある。
先輩だから、彼氏だから、となにかを奢ってもらうのは、それはなにか違う気がする。
何かを与えたり貰ったりしなければ気持ちを確認できない訳ではないし、傍にいられれば充分なのだ。

「ほら。」

レジから戻ってきた一也から小さな袋を差し出されても、栄純の顔は膨れっ面のまま。
納得できない、と目で訴えてくるのに一也は困った様に小さく笑った。
「悪かったよ。」
「俺嫌って言ってた!」
「ごめんって。こんな時しか彼氏面できないんだからさ、今回だけ、特別。」
な?なんてちょっと悲しそうな目で袋を押し付けられてしまえば、もうそれ以上は反論出来なかった。

『…一也は、ズルい。』
「…今回だけだからな!」
「ん、サンキュー。」
「次はちゃんと半分出す。」
「はいはい、分かった分かった。」

嬉しそうにぽんっと頭を撫でてくる一也に、栄純はむすっとした顔を取り繕いながらもなんとなく優しい気持ちになっていた。
いつもと違う雰囲気のせいなのか、いつもは恥ずかしくて仕方ない一也の優しさが、くすぐったくも嬉しく感じる。
「あ、俺服見たいかも。」
「あ、俺も!倉持先輩にまたTシャツ落書きされちまったから…。」
「ははっ!今度はなんて書かれたんだよ。」
「『ツンアホ』、酷くねぇ?!意味わかんねぇけど!」
「ぶふっ…!はっはっはっ!倉持ナイス!」
「なんで笑うんだよ!」
むーっとまた頬を膨らます栄純に悪い悪いと謝ると、一也はまた適当な店を探しながらにっと笑ってみせた。
「今度は落書きされねー様にプリントしたヤツ買おうな。」
「それでもあの人なら隙間に書いてきそうだ…。」
「それ言えてる。」



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