月が見てた。



8cmのピンヒール



『お前の事、好き。』

消せないと、思った。
練習後の就寝時間前に届いたメールは同じ野球部の憎たらしい天才キャッチャーからのもので、そんで、俺の片想いのヤツで。
夢かと疑ってごしごし目を擦ってみたり何度もメールフォルダを開けたり閉じたり…。

「嘘…。」

じわりじわりと現実だと実感してきてとっくの昔に風呂から出た身体がまた火照りだす。
ぴたぴたと頬を叩いて冷やそうとするも冷めにくい熱はどんどん温度を増していくばかりで。
「…どうしよ…。」
生憎、というか都合がいいというか、同室の先輩方は他の部屋に行っていていない。
赤い顔を隠さなくて済むのはありがたいけど、この気持ちをどうしていいかわからなくなって右左にごろごろとケータイを持ったままベッドに転がった。

熱い。
嬉しい。

…けど、俺なんかが釣り合うのか…?

あの、なにをしても完璧なあの人に…。

俺なんかが…。

「さーわむらっ。」
「おぎゃぁぁあ?!」

背後からかけられた声にぞわぞわと悪寒が走って慌てて起き上がれば勢い良く打ち付けた脳天。
じんじんと痛む頭に手を当てながらじわりと涙が浮かんだ目をぱちりと瞬きする。

「御幸…。」
「はっはっはっ!大丈夫かよ。」

潤む視界の中心には黒フレームの眼鏡にジャージ姿のキャッチャーが俺を見て爆笑していた。
げらげらと俺の様子を腹を抱えて笑っている御幸にさっきのメールの面影は感じられない。
止まらない笑いにもなんてことないって言うみたいな態度にもなんだかイライラしてキッと睨み付けた。
「なんだよ笑うな!」
「はっはっはっ!」
「笑うなぁぁぁ!」
あぁ、なんなんだ一体。
さっきまで喜んでいた自分が馬鹿みたいじゃないか。
じわり、痛みとは別の意味で浮かんだ涙をそのままにして見上げると、漸く笑うのを止めた御幸が困ったように笑う。
ちくりと、胸が傷んだ。
「悪い悪い。アイス買ってやるから、コンビニ行こうぜ。」
「…ハーゲンダッツがいい…。」
「はいはい。」
「月…。」
「あぁ、今日は良く見えるな。」
月明かりでぼんやりと霞んだ夜道を二人並んで歩いた。
キラキラと粉が落ちてきているみたいな夜空も乳白色に輝く月もきっとキレイなんだろうけど、俺はそれを見上げている御幸しか見えてなかった。
どくり、どくり。
静かすぎる夜に自分の心臓だけが響いてるみたいに聞こえてきゅっと唇を噛み締めた。
これからの自分の気持ちは分かりきってる。
俺は御幸が好きだから、御幸が冗談だって言ってもきっと好きだと言ってしまう。
ホントなのか、ウソなのか。
俺には判断がつかないから、全力でぶつかるしかないんだけど。
スタスタと御幸の歩く歩幅が広く、ペースが早くなっている気がする。
慌てて追い付こうと自分の足を早く回すけど、一瞬見えた背中に御幸の先が見えた気がした。
キレイな人。
ふわふわの髪。
すらりとしたピンヒール。
その8センチ程のピンヒールを彼女が履いても、尚レンズの奥からの見下ろすような慈しむ視線。
これが、きっとこの先。

ちくり。

「沢村っ?!」

気が付いたら回しすぎた自らの足に引っ掛かったらしく盛大に転んでて、コンクリートの地面がすぐそこだった。
御幸に追い付こうと必死だった自分。
自分のペースじゃないんだから、転ぶなんて分かりきってたのに。
それでも…。
「沢村っ!どっか怪我してないか?!左手は?!」
肩を勢い良く掴んで俺の身体を凄い形相で調べていく御幸があんまりにも優しいから、痛みなんてこれっぽっちも感じない。
それは捕手の御幸にとって控えでも投手の俺の怪我に血相を変えるのは当たり前のことなのかもしんないけど、それでも、嬉しかったんだ。

「ふっ…ぇ…。」
「お、おい?!」

気が付いたら涙がぼろぼろと溢れていて、頬に添えられた御幸の手にいくつも落ちていく。
嫌だ、ととっさに思った。
この優しい人の未来を、背中を、自分が独占してしまいたいと、強く思う。
誰かに奪われたくなんかない。
それがとても罪深い望みでも、深く、そう思った。
「あー…。びっくりしたんだよな、よしよし。」
「うぇっ…ひっ…く。」
あやすみたいに頭を撫でられて、薄暗い夜道でも躊躇なく抱き寄せられる。
暖かい身体に包まれてもいっこうに引っ込まない涙は心音と一緒に勢いを増すばかりで。
「だーいじょうぶ、どこも怪我してねぇって。」
いつかの投球練習の時、御幸は俺に言ったよな。

『お前靴の調子気になるなら直せよ。』
『は?』
『靴紐緩いんじゃねぇの?』
『え、な、なんで…?!』
『はっはっはっ!お前の事なら全部分かるって。』

なんにも言ってないのに靴紐が緩くて気になってた事を言い当てられてびっくりした。
いつものニヒルな笑いを浮かべてさらっとそんな事言うお前にもびっくりしたけど。

けど…けどな。

アンタなにも見えてなかったよ。

「すき…。」
「…え?」
「すき…だ…。」

ぽつり、零れた言葉にレンズ越しの瞳が見開かれた。
なぁ、痛いんじゃないんだ。
この涙でアンタを俺のとこに引き留めて起きたいんだよ。
ズルいよな、分かってる。
けど、それくらいアンタが好きなんだ…。

「すき…すき…。」
「沢村…。」
「みゆき、すき…だ…。」

ぎゅうっとしがみついたら抱き締め返されて、心も一緒にきゅっと小さくなる。
好きだ、こんなにも、好きなんだ。
「…俺も…。」
耳元で囁かれた掠れた声に、あぁこいつも余裕無かったんだなぁとぼんやり思った。
それでも俺と一緒に歩いてくれるコイツは、限りなく優しい。
「好きだ、栄純。」
「うん…。」
「俺の事、好き?」
「すっごい、好き。」
そう言えば幸せそうに笑ったアンタが大切だから、俺は引き留めるんじゃなくて並んで歩けるように走ってくよ。
俺はきっとずっと、アンタしか見えてないから。





駆ける





めぐみ様から教えていただいた曲です!
最近はもっぱらこれ聞いてます←
なんだかイメージがちがう気が…;
もしよければもらってやってください!

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