その声に、恋をしました



callope



「一也。」

ぽろんっ。

まるでピアノの鍵盤を叩いたかの様に澄んだ声が耳をくすぐった。
心地いい声に呼び掛けられて半分閉じかけていた瞼をゆるゆると持ち上げる。
「一也。」
「栄…。」
いつのまに外されたのかいつもかけている愛用の黒縁眼鏡が無いせいで靄がかかったかのようにぼんやりと曖昧になる視界。
それでも思いっきり目を細めれば、覗き込んでいるのか見間違うはずないアイツの逆さまの輪郭が目の前。
「ったく、風邪引くだろ。」
「あー…おはよ?」
「おはよですらねぇし、今11時。」
「…マジ?」
「マジ。」
上半身を起こせば横たわっていた少し大きめの黒いソファーがぎしっと鳴る。
身体にかけられていたブランケット片手にぐるぐると思考をこらすと、確か昨日は4ヶ月後ライヴでやる曲の歌詞を書いてたはずだ。
「寝ちまったかー。」
「そんなとこで寝んなよな。ここんとこ最近ずっとじゃん。」
ガリガリと髪をかき回してなんとか意識を目覚めさせると、ふわりと香りを漂わせた湯気立つコーヒーのカップを栄純が眼鏡と一緒に乱暴に押し付けてくる。
それをやんわりと受け取ってさっきまで横たわっていたソファーに座り直すと、甘い匂いのするホットミルクが入ったマグカップを抱えて栄純が隣に擦り寄ってきた。
あー、これって理想的な朝の光景だわ、うん。
「なかなか歌詞まとまんなくてさ。」
「珍しいじゃん、一也が歌詞まとめらんないって。スランプか。」
「栄純への愛が溢れ過ぎたの。」
「うぜっ。」
「はっはっはっ。」

ズズッ。

ミルクを啜る音ですら、コイツが発すると透明な気がするのは惚れた欲目とかそんなんじゃない気がする。
コイツが発する音は全部透き通ってて、りんって鳴るような音になるんだよなー。
…医者行けって?
いやいやマジで。
「俺が歌う曲?」
「ちょっ?!」
きらきらと煌めいた目でデスクの歌詞ノートを手に取ろうとする栄純から慌ててノートを取り上げる。
今は見られる訳にゃいかねぇんだけど…コイツの歌に対する執着半端ねぇからなー…。
ほら、拗ねた。
「なんだよ!」
「いやまだできてないっつーかなんつーか…?」
「なんだよそれー!」
ひらひらとノートを振ってにっこり笑ってやればぷっくりと頬を膨らませ渋々ながらもなんとか引き下がってくれる俺の可愛い恋人。
この地位までくるのに何度他のメンバーの妨害(殺害未遂)を受けたか…まぁ、今も気が抜けないんだけどな。
「ライヴかー…。」
デスクの上に飲みかけのミルクを置いて背もたれに身体をぽすんっと預けた栄純は、ふぅっと一つ軽いため息を吐く。
実感が沸かないのかぼうっと熱っぽい目で空を見つめている。
それこそ空気に嫉妬するくらい。
俺たちのバンドはまだまだインディーズで名を上げられていない言うなれば無名バンドで、ボーカルに栄純、ギターに俺と倉持、サブボーカル兼ベースが降谷でキーボードが春市、ドラムがクリス先輩っていう…まぁなんとも個性の集まりな訳だ。

名前はウルティモ。

確かクリス先輩が名付け親な筈だ。
他の奴等がとんでもないものばっか付けるから(かに玉とかジャーマンとか)最終的にクリス先輩頼みになったんだわ。
意味は音楽用語で最後の瞬間。
「成功、するといいな。」
ぽつり、小さく呟いてちょっと照れたみたいに笑う栄純に、これ以上ないってくらいの笑顔を向けてやる。
きっと大丈夫だ。
それが伝わったみたいに微笑むコイツが愛しくて堪らなくて、心の底がむず痒くなるなんて秘密。
「一也、一也!ギター弾いてギター!」
「えー、今歌詞書いてるっつったじゃん。」
「いーじゃん息抜き息抜き!」
「しょーがねぇなぁ。」
「あれがいい、一也が作ったカザキリバネ!」
「はいはい。」
黒のボディにステッカーをこれでもかと貼ったエレキギターを抱えて寄ってくる栄純に、苦笑しながらもギターを受け取ってしまう俺は甘いんだろう。
それでも幸せそうに背中を預けてくるこの小さな存在の為なら、俺はどんな曲だって弾けると思えるんだぜ。
「まだー?」
「このギター久々だからチューニングしねぇと。」
「チューナーどこだよ!」
「確かアンプんトコ。」
「シールドもいる?」
「あー、うん。悪い取って。」










ざわめく観客。
薄暗いステージ。
叩き付けるような爆音に、皆狂った様に跳び跳ねる。



『ほら見ろホラ吹き
空は遠くなんかなかっただろ?
ちょっと飛んで跳ねて伸ばして
手で掴めば青は手の中
届かないなんて誰の寝言だよ
そんなので制限される可能性
所詮違うんだ俺達のvalues
上だから遠いわけねぇよ
上だから取りに行こうぜ!
不可能を可能にする俺のsensibility
いつだって空に向くvector』



細い喉から発せられる旋律に一瞬飲み込まれそうになって慌てて自分のメロディーに集中する。
それは他のメンバーも例外じゃないらしく、コラコラ降谷、今ちょっとテンポずれたの俺は見逃さなかったぞ。
俺達は俺から見てもきっといい線いってるはず。
いや驕りとかじゃなくマジで。
1人1人の技術ならどんなインディーズのバンドにも負けない自信があったし、現に今初のステージでここまでの観客を虜にできている。
それでも成功しなかったのは個人の個性を主張しすぎてバラバラだった連帯感。
そこにようやく皆をまとめる程の力がある栄純の声っていう奇跡が足されて完璧になった。

「ありがとうございやしたっ!」

わっと割れた拍手や歓声に、演奏後のメンバーの顔は汗だくになっても今までにないくらいに輝く。
張り詰めていた神経がふっと緩んで顔が綻んだ。
やりきった。
高揚感が何時までも覚めずにぐるぐると喉の辺りで回る。
それに酔ってしまえればいいんだけど、生憎俺にはまだやることがあるんだわ。
「えーっとそれじゃあ…。」
「はいストーップ。」
「かず…御幸?」

栄純が持っていたスタンドマイクを自分の方に引き寄せて奪い取る。
きょとんとした顔がまた可愛くてキスしたくなるけどそれはちょっと我慢。
ステージの上で前頬っぺたにしたらビンタされた事があったからな…。
「えー、さっきのが最後だったんですが、実はもう一曲あります。」
「え、俺聞いてねぇ!」
「だって聞かせてねぇもん。」
ぎゃんぎゃんと横で慌てたように騒ぎ出す栄純の頭を抱えてにっこりと笑えばなにをされるのか分かったのか一瞬栄純の顔がひきつる。
「ちょっと静かに、な?」
「はい…。」
うん、いい子。
「えー、俺達のバンドははじめ俺とクリス先輩、倉持と春市、降谷だけでした。」
ぽつり、ぽつりと零れる言葉は俺達の記憶。
栄純がいる前の、ずっとずっと前の。
「ヒャハッ、まだまだインディーズですら活動してない時だな。」
アンプにもたれ掛かりながら倉持がにやりと笑う。
クリス先輩にまた叱られるぞ、アンプに座んなって。
ほらため息ついてんじゃん。
「はじめ俺達バラバラで、それこそ曲にすらなんなくて。」
「僕が…嫌々ボーカルやってたけど、まとまらなかったよね。」
そりゃ嫌々ならまとまるかよ降谷。
ぼけっとそんなことを言ってくる降谷を春市がたしなめる。
悪いな、春市、アホは任せた。
「そんな中で俺達は1人のボーカルに会いました。がむしゃらで、デタラメで、それでも奇跡みたいな歌声のアイツに。」
ちらっとステージ隅にいる春市のキーボードまで追いやられた栄純に視線を投げ掛ける。
頭に?マークを浮かべるあの少年が、俺達の果てない希望なんだ。
「今日は初ライヴって事で、感謝の意味を込めてそのボーカルに捧げます。」
ありったけのありがとうと、愛してるを込めて。



「『calliope』」



『voice

それは限りない希望だった

voice

それは果てない未来だった

voice

それはつきる事ない奇跡

キラキラ瞬く星屑みたいな

一語一声拾い集めて

空へと届ける君の姿が愛しい

無限みたいな空のパノラマ

手を伸ばして掴みたいけど

羽根がないなんて諦めかけてた

「ないなら跳べばいいさ」

なんて簡単に言って羽ばたいた姿に

俺達の未来を見付けたんだ』



倉持のギターと春市のキーボードが申し訳程度に旋律を奏でる。
今回のメインは歌だから、微かに聞こえるほどでいい。
ボーカルは俺。
俺は下手なわけじゃないけどボーカル専門じゃないから、伝えたいのは歌詞に刷り込んだキモチ。

ありがとう、ありがとう、ありがとうを。
ありったけ、腕一杯に抱えて。



『切り開かれた先に

浮かぶシルエットは君なんだろう

「大丈夫」って差し出された手が

自分よりも細くて折れそうだけど

それでも限りない希望と

果てない未来と

つきる事ない奇跡を抱えて

君は笑うんだろう

いつまでも歌うんだろう

voice

それは限りない希望だった

voice

それは果てない未来だった

voice

それはつきる事ない奇跡』



ありがとう、君の声が永久に俺と共に、俺達と共にありますように。








「ばっか…やろっ…。」

舞台裏で俺達のボーカル様はズビズビ鼻を鳴らしながら号泣していた。
なんとか震える声でも舞台上では泣かなかったその心意気は認める、認めるけど…。
「はっはっは!泣きすぎ!」
「うるっ…せっ!っく…。」
「いーかげん泣き止めって。皆控え室行っちまったぞ?」
「あんた…がっ、あんな、歌詞書く…っひ…からぁ…。」
「あー、はいはい。」
腕の中に納めた小さな肩が喉を鳴らす度にびくりと跳ねる。
かれこれ30分近くこんな感じだ。
「泣き止めよー。」
「泣き…やみてぇ、よっ…。」
ぐすっ、ぐすっ…。
暗い舞台袖に俺と栄純とギターだけ。
なんだかイケナイ気持ちがむくむくと欲望に忠実に膨れ上がって、自分の理性が切れる前に心から言葉を絞り出す。


「I LOVE YOU.
Please don't for get for a long time.」


「ふぇ…なん…て…?」
「はっはっは、バカは分かんなくていーの。」
「なっ?!バカじゃねぇっ、し!」
噛み付く勢いで顔を上げた栄純の唇に、そっと唇を落とす。
見開かれる目。
少しかさついた唇。
洩れる熱い息。
それを全部全部飲み込みたくて食むような口付けに没頭する俺。
コイツは俺達の奇跡だけど、今は俺だけのコイツでいいはずだ。



I LOVE YOU
Please don't for get fora long time.
俺はお前を愛しちゃってんだ
そこんとこ忘れんなよ。




callope



長かったぁぁ!;
めちゃくちゃ時間使いました、やっとできた;
なんだかぐったぐだに終わりましたが…一応書きたいものをぎゅっと詰めてみました。
題名のcalliopeはギリシャの音楽の神という意味です。
御幸達にとっての栄純だったんですね(壮大すぎる)
めぐみ様、素敵なリクありがとうございました!
こんなのですが捧げます!
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