マネージャーが居ないウチは、部室の鍵閉めの当番を週交代で行っている。
そして、今週は俺だった。

元々、部活以外に仲良しこよししてるわけじゃない俺等は部活が終わると帰る仕度を済ませ、各自帰路に着く。
だから、鍵当番になっても大して帰宅時間は変わらない。
職員室に戻り、そのために制服を直したりするだけの簡単な仕事。


・・・・・・のはずだった。

いつもなら、ほぼ毎日一番に帰る花宮が最後まで残っている。
しかも制服に着替え、荷物もきちんと鞄に詰めてある。
それなのにもかかわらず、少し不機嫌な様子で部室の椅子に座っている。

はっきり言って、気まずい。
部室という密閉空間。
しかも二人きり。しかも相手は花宮。しかも機嫌が悪い。

何をしているのか、どうしたのか。
そんなことを聞いても今の花宮がまともに返事をするわけがない。
二年間で俺は学んだ。
こういうときは、何も見ず何も言わず何も聞かない。
(前に健太郎と「見ざる言わざる聞かざるの法則」と呼んで遊んでいたら、花宮にばれてフットワークが倍になった)


沈黙で数分が経ったころ、ぎいと錆付いた部室の扉が開いた。


「いた」
「おせえよ」
「自分の居場所も言わないくせに、よく人に文句言えるね」

いきなりノックも無しに入ってきた一人の女子生徒はポケットからスマホを出し、受信メール画面を花宮と俺に見せ付けてきた。
そこには、『今すぐ来い』の一文。
送り主は俺の目の前にいる花宮真だった。

「この時間なんだから体育館か部室だ」
「それは私も考えた。体育館に行っても居ないから部室に行こうとしたけど、私は男バスの部室なんて知らない」
「聞けばいいだろうが」
「うん。だから男バドに聞いて、ここまで走ってきた」
「・・・・・・聞く相手が何でバド部なんだよ」

多分、花宮が不機嫌だった理由は彼女が遅れたことにあるようだった。
そして二人が会話を進めれば進めるほど、花宮の機嫌がどんどん悪くなっていく。

「ん?」
「俺を待たせておいて、他の男と話してたのかよ」
「私は別に選手に聞いたなんて言ってないよ。マネージャーさんに聞いたんだけど?」

にやにやと楽しげに笑う彼女に対し、花宮は仏頂面を維持している。

「お前、本当に性格悪いな」
「嫉妬?かっこ悪いね。あとその言葉、あんただけには言われたくないから」

大して気にする様子もなく、女はスマホを弄りはじめた。
花宮は眉間に皺を寄せながら、頭を掻いた。
俺は耐え切れず風船ガムを膨らませた。
待て、なんだこの状況。

「なあ、お前らどういう関係?話が見えねえよ」

俺が率直な質問を二人にぶつけると「あなたは前も見えてないじゃない」なんて、返って来た。
花宮がイラつくのも少し分かった。
そして、ちなみにこれはファッションだ。


「うーん、関係かあ。強いて言うならセフレ?」
「殺すぞ」
「あ、違うか。私は花宮の玩具」
「・・・・・・まじかよ」

俺がぼそりと呟くと、花宮がすかさず突っ込みを入れてきた。

「こいつの言うことを真に受けるな。おい、アバズレ。黙れないならその口引きちぎるぞ」
「そこは『俺の唇で塞ぐぞハート』とかでしょう。女心が分かってないなあ」
「お前が女心を持っていたことに驚きだな」
「さっきアバズレって言ったじゃん」
「・・・・・・」
「勝った」
「やっぱり殺す」

女はこわーいなんて言いながら、けたけたと楽しそうにお腹を抱えて笑っていた・
言葉こそ物騒だったが、会話の雰囲気は限りなく友人のそれに近かった。

「まー、知り合い以上友達未満?てとこかな」

爽やかに笑う彼女を見て、花宮を大きくため息をついた。
否定の言葉も脅しの言葉も出てこないところを見ると、その発言は正しいのだろう。

「おい帰るぞ」

俺はいつも花宮とは家の方向が逆だから一緒に帰っていない。
と、なると。

「はいよ」

下ろしていた鞄を肩に掛け、スカートのプリーツを直しにかかる彼女。
花宮が部室の扉を開け外に出ると、追いかけるように彼女も扉に手をかけた。
すると、何か思い出したかのように振り返り、俺を真っ直ぐ見た。

「じゃあね、えっと」
「原」
「じゃあね、原くん」



ニコリと笑った名前も素性も知らない女子に胸が高鳴ったなんて俺はどうかしてる。
とりあえず、明日は花宮に彼女との関係を問い詰めることにする。


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