目が合った。
離せなかった。
「なに?なんか言ったらどうなの?」
「・・・・・・」
「えー?死んじゃったんじゃないの」
「こっち睨みながら死ぬわけないじゃん」
あはははは、と下品な女達の笑い声が響く。
ここは特別教室の人通りが少ない廊下。
俺は先程教師にある資料を取って来て欲しいと頼まれてここまで来た。
そして、来てみたら今の状況。
女子生徒が四人。
そのうち三人は立って、特別変わった様子もない。
問題は残りだ。
一人は座り込んでいた。
だが、まるでそこに強制的に座らされたという表現の方が正しい。
そして腕まくりされているシャツから出る細い腕や短めのスカートから覗く長い脚に。
いや、体中至る所に痣があった。
これは頭が回る俺じゃなくても分かる。
所謂、‘イジメ’。
そして面倒ごとに巻き込まれたくない俺は、イジメを受けている女子生徒とばっちり目が合ってしまった。
「なにしてるの?」
「は、花宮くん」
別に助けたわけじゃない。
俺に今更そんな良心があるわけがない。
ただ、表の俺の評判をそいつに下げられると困るだけだ。
それで俺が二年間に渡り築き上げてきた信頼を壊される方が、よっぽど面倒だ。
一人で、誰に問われたわけでもない質問に理由を後付けする。
座り込んでる女を庇うように、三人の前に立つ。
「もう予鈴も鳴る頃だし、教室に戻ったほうが良いんじゃない?」
「ち、違うの。これは」
「・・・・・・、ふっ、ぐすっ」
「何が違うの?この子は泣いてるよ?」
「いや、だから・・・・・・」
「あのさあ」
聞き分けの悪い低脳と、ハナから話し付けようなんて思っちゃいなかった。
けど、ここまでくるとさすがに。
「 」
「!!!」
真ん中に立ってる主犯の耳元で、ぼそりと呟く。
「ほら、もういこーよ」
「うん、」
慌てて逃げるようにしてその場を立ち去る三人。
ため息と共に振り返ると、先程の女子生徒がスカートを掃っていた。
それが可笑しい。
つい先程まで暴力を受けて泣いていた人間が、ほんの数十秒の間で何の余韻もなく立ち上がっている。
そして、終いには。
「助けてくれたの?」
そいつの声は震えていなかった。
そいつの鼻は赤くなっていなかった。
そいつの頬は濡れていなかった。
そいつの目に、涙はなかった。
この目の前で首をかしげている女は、俺と目が合ったときには至って普通だったのに
俺が割って入った途端に、嘘泣きを決め込んでいやがった。
「別に、そんなんじゃない」
「ふーん」
そう言って女は何処かに立ち去ろうとした。
「おい、なんか言うことくらいあんじゃねえの」
「助けたわけじゃないでしょ。私は素直にお礼を言おうとしたけれど、貴方は助けたことを否定した。だから私は何も言わなかった。それなのに見返りを求めるのは可笑しい話」
「てめぇ・・・・・・」
「貴方が矛盾した事を言うから」
あたかも当然のように、けろりとした様子で俺に反論する。
目の前の女に心底イラついた。
「とりあえず、お前が苛められる理由がよく分かったよ」
「そう?私と貴方は似てると思うけれどね」
「は?」
例えば、それ。
そう言いながら俺に、その細い指を向けた。
そして聞いてもいないのに、べらべらと女は話を続けた。
「自分の思い通りにならないと、目に見えて苛々して不機嫌になるところ」
「・・・・・・」
「言い返せない相手も嫌いでしょ」
俺が悔しがって面白いだとか、俺と似てるところがあって嬉しいだとか。
そんな感情、こいつにはきっとない。
純粋に、俺に質問をしている。
当たってる?と言わんばかりに。
「私と貴方は似てるのに、貴方は嫌がらせを受けないのに私は受ける」
「やり返したらいいじゃねえか。俺が来なかったら、何もしない気だったんだろ」
「そう。それが似てる私たちの数少ない違い」
「は?」
今日で何回俺の頭がこいつの話に追いつかなかったのか。
それ程こいつの発言は、ぶっ飛んでいた。
「私は、やられてもやり返さない。貴方は、やられてもないのにやる。」
「俺のこと知ってたのかよ」
「知ってる。有名。悪童、花宮真」
淡々と俺の名前を紡ぐ。
俺の噂を聞いたことがあり、俺の本性も知っていたのでさっきは話を合わせた。
と続けた。
女は寄りかかっていた壁から背を離し、階段の方へふらりと歩き始めた。
「貴方のことは知っていた。けれど、噂よりも良い人だったみたい」
「助けたわけじゃねえ」
「うん知ってる」
そう言うと、その短いスカートをなびかせ
くるりと振り返った。
「それでも私は助けられたと感じた。ありがとう、花宮真」
両端が薄っすらと上がった赤い唇を、俺は暫く忘れることが出来ないだろう。