時計の短針が11を指し、ファミレスの窓から見える街は夜の黒色のおかげでネオンとのコントラストが煌びやかに映えていた。

そして私の目の前には俯き、何やら考えこんでいる切島鋭児郎が頼んだドリンクバーに口も付けず黙り込んでいた。

「あの、切島君・・・」
「苗字、俺は今怒ってんだぞ」

傍から見れば喧嘩中のカップルに見えるかも知れない。彼女が何らかの理由で彼氏を怒らせ、話し合いをしているように見えなくもない。
しかし、だ。私は切島君とそんな間柄でもなければ友達ですらない、という浅い関係だ。中学最後のクラスが同じだけ。それだけだった。
彼はヒーローを志し、高校は超難関の雄英に行ったらしい。友人から聞いた話なので本人は私がそれを知ってることすら知らないのかも知れない。一方、私はごくごく平凡な地元の公立高校に進んだ。その時点で私たちの同じクラスという関係は終わり、これから一生関わることはないのだと思っていた。

「まあ、あんまりよくないことだとは思ってるけどさ。別に切島君が怒ることじゃなくない?」
「そりゃあ、俺はカンケーねえかも知んねえけどよ!それでも・・・!」

ヒーローを本気で目指している彼のことだ。きっと関係ない私のことでも彼の中の罪悪感やら正義感やらが働いてしまったんだろう。
はっきり言って、本気で関係ないのだからほっておいて欲しいものだが。
私が呆れた顔をしていたのか、切島君は消えそうな声で「援交なんて・・・」と口ごもった。

そう、私は俗に言う援助交際をしている。正確に言うと学生だけが働くキャバクラの出張バイトみたいな感じなのだが。

いつも私に指名をくれる常連さんといつも通りバイト先でお話していたら諭吉さん5枚をチラつかせながら、このあとの予定を聞かれた。多少は悩んだがこの一件で更にお店に来る頻度が上がれば私のお給料も増えるわけだし、全部お仕事の一貫だよね。そう自分に言い聞かせて快くOKした。

そして、腕を組んで裏路地を歩いているところに最大の不運が訪れた。ばったり切島君と会ってしまったのだ。
相手がサラリーマン、私の多少露出高めの服装、そして何よりこのまま歩くとホテル街。それだけのワードでも切島君は気付いてしまったのだろう。酷く驚いた顔をして、私の腕を無言で引き離したのだ。
私もお客さんも合意だということを伝える間もなく私はそのまま近くの24時間営業のファミレスに連れて来られたのだ。


あーあ、もうあのお客さん指名くれないだろうな。そんな呑気な事を考えつつも切島君になんて言い訳しようか思考を巡らせていると、切島君はおもむろに顔を上げた。

「そんなに金に困ってんのか?」
「んー、別に」
「じゃあ、なんで・・・」
「いつもあんなことしてるわけじゃないよ。今日が初めて」
「え?」
「普段はただのキャバ、さっきの人はお客さんだったの」
「そんな変わんねえよ!!」

向かい合わせの机から身を乗り出し大きな声をあげた切島君に、あからさまに眉をひそめると少し我に返ったのかわりぃ、と言いながら上げかけていた腰を深く下ろした。
キャバクラと援助交際をそんなに変わらない、という表現をしたのか納得いかないが話し合いが終わるまで彼はこの場から動かないだろう。干渉されるのも嫌なので早々に解散するべく私は口を開く。

「あの、切島くん」
「なんだ」
「切島君は私のこと思って言ってくれてるんだよね、でも本当に気にしないでいいから。好きでやってることだし。このことは忘れて」
「んなこと、」
「切島君は優しいね。優しいから関係ない私のことまで心配してくれるでしょ?」
「・・・・・・・・・」

いきなり黙り込んで表情もいくらか暗くなった。他人のことでここまで思い悩める彼は根っこからの善人だ。私とは大違い。
素直に切島鋭児郎という人間を尊敬していると、机に無造作に置いてあった私の手を彼は両手で握った。

「関係なくねえ」
「え?」
「ただの心配でもねえし良心だけじゃねえんだよ」
「切島、くん?」
「好きな子が他の男と歩いてたら、誰でも嫉妬するだろ」



は?
今なんて言った
好き?誰が誰を?

切島君が私を、すき?

「本気?」
「本気」
「え、っと・・・」
「いきなり言われて困るのも分かる。俺を頼れと言える立場じゃないのは分かってる。だからせめて、彼氏かなんかに相談したりしろよ。こういうことはもう辞めろ」

あくまで彼は私を好きということよりもこのバイトを辞めろということが伝えたいらしい。
それも全部、私を心配しているからだ。私のことを好きだからなんだ。

それを理解したとたんに私は胸の奥が熱くなった。


「あのね、わたし」
「あぁ、」
「彼氏いないの」
「え?そうなんか、それはわりぃ・・・。そしたら親とか友達とか、」
「だからさ」



「切島君が私の彼氏になってよ」

この時の彼は、耳まで彼の髪と同じ色に染まっていた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -