放課後、校舎に生徒がほぼいなくなった頃に私はいつもの教室へ向かう。いつもの、とは言っても普段から利用するわけではなく私が二年前に毎日通っていた教室なわけだが。
大きな大きな扉を開けると、そこには私の大好きな人が試験の解答用紙と睨めっこしていた。

「相澤せんせー!」
「・・・苗字か、何の用だ」
「何の用もないよ。ただ声かけただけ」
「じゃあ俺は忙しいからどっか行け」
「えー冷たーい」

相澤先生。私が1年生だった時のクラス担任。
当時から合理主義は健在で、私の友人達も例に漏れることなく除籍された。それに対して他のクラスメイトから非道だとか教師としてもヒーローとしてもどうなんだという非難の声ばかりあがっていた。
私からしてみればそもそも才能がないやつが悪いし、そんな奴らは努力するだけ無駄なのだから相澤先生はそれを見切って除籍させているため優しいとさえ思う。
しかし文句を言っていたクラスメイトにそれを弁解する気はさらさらない。相澤先生はそういったことを嫌うし、なにより本当の相澤先生なんて私だけ知っていれば充分なのだ。他の奴らに教えてやる義理は一切ない。

「お前は暇じゃないだろうが。進路どうしたんだ」
「めっちゃ暇だよ。誰も遊んでくれないの。みーんな進路決まったから見習いとしてもうヒーローやってるんだ」
「お前な・・・・・・。もっと危機感持ったらどうなんだ」

器用に試験結果を採点しながら私の危機管理能力の低さについてため息を零した。先生は教卓に座っているため、向かいの見知らぬ生徒さんの席に腰をかけた。これが私の定位置。先生の顔がよく見えて先生の声がよく聞こえる。先生のことがよく分かる席。
私が初めて相澤先生と出会ったときに座っていた昔の自分の席。

「俺の教育が悪かったのか」
「そんなこと絶対ない。相澤先生じゃなきゃ私1年の時に学校辞めてただろうし。本当に感謝してるよ」
「そう思うなら進路くらい決めてほしいもんだがな」

相澤先生を困らせたくはない。落ちこぼれの生徒で嫌われたくもない。有名なヒーロー事務所にスカウトされて立派なヒーローになってメディアを通して私が成長したところを見せてあげるのが一番いいことだって言うのも分かってる。分かってるんだよ。

でもその先に相澤先生いないじゃん。
相澤先生がいないなら私の夢なんてどうだっていいのに。
私のことなんも分かってないよ。

「ヒーローになりたくてここ受けたんじゃないのか?」
「その時はなりたかったの」
「今だって別になりたくないわけじゃないだろ」
「でも別になりたいわけでもない」
「やりたいことがあるなら、例えそれがヒーローじゃなくても俺は応援する」

違う。そんなことじゃない。本当はヒーローになりたいとか違う夢が決まったとかそんなことじゃないの。
卒業したら、雄英の生徒じゃなくなったら、プロヒーローになっちゃったら、相澤先生との関わり全部なくなっちゃう。それが私には耐えられない。
だから応援するなんてそんな残酷なこと言わないで。

「なんで進路決めないんだ。苗字くらいならスカウト来てんだろ」
「だって、ヒーローになったら先生に会えないじゃん」
「一生会えないわけじゃねえよ」
「それでも、もうその時は無関係だもん」
「なんでそんなに俺にこだわる」

好きだからだよ。
それ以外にあるわけないのに。
辛い訓練も、毎日の苦しい勉強も、全部全部相澤先生に見て欲しかったから。褒めて欲しかったから。認めて欲しかったから。
相澤先生がいたから頑張れたのに。卒業して先生がいないのに頑張れるわけないじゃん。夢に向かって一生懸命になんてなれるわけないよ。

この3年間、私の中には相澤先生しかいなかった。

「もちろん先生のことが好きだから」
「お前な・・・。大人をからかうのもいい加減にしておけ」
「本気だよ、私。相澤先生のことがずっと好きなの」
「俺は教師で、お前は生徒だ。この意味分かってんだろ」
「分かってる。分かってるけど無理だよ」

好きになっちゃったんだもん。
そう言いたかった。もう嫌われたってよかった。どうせ私は三月に卒業してしまう。卒業したら私がヒーローになろうがニートになろうが相澤先生には関係ないのだから。
最後くらい彼を困らせたっていい。

「先生、私ね」
「苗字」
「なに?」
「その先は卒業まで取っておけ。卒業式の日にその先を聞いてやる。だからお前は今、自分の将来の事だけを考えろ。それでいいか」


先生私のこと分かってないはずなのに、全部分かってた。あぁ、先生ずるいな。一生叶わないや。
もっと好きになっちゃうもん。
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