罪を量る天秤


「国王様!こちらです!」
「………これは…!!」


国王と呼ばれた中年の男は、若い男が指をさした床に目をやる。そこには僕が書いた、文字と呼ぶにはあまりに拙い線があった。


「ふむ、これが“奏撫”だと?見ようによってはそう見えなくもないが…私をこんな小汚ない所に連れてきてまで見せる代物かね?」
「し、しかし!もしこいつが危害を加えるつもりで奏撫様の事を狙っているのであれば由々しき事態であると…」
「この格子に捕らえられた無力の鬼が奏撫を?はっはっはっ、冗談は休み休み頼むぞ。例え奏撫を狙っているとしてもこの状況でどう仕留める事が出来ると言うのだ!」
「ですが、念には念を入れ今すぐこいつを処分すべきと考えます!」
「貴様、先ほどから誰に向かって口を聞いている?何ならお前もこの牢に入れ鬼と友達にしてやらんこともないぞ?」
「!そっそれだけは…!」
「…次はないぞ」
「は、い…!申し訳ございません!!」


中年の男は、ここでよく見る男達とは明らかに装いが違う。頭に重そうな何かを乗せ、背には長い布をひらつかせている。とても肥えていて、言動は偉そうだ。ふんぞり返ったその様は、僕には理解出来ない人間独自の“階級”というものを如実に表していた。

長い間人間と関わってきたが、こんな奴を見るのは初めてである。だが、何か得体の知れない恐怖のような感情が僕を支配するのは何故なのか。


「鬼よ、貴様は我々の言葉が理解できるのか?文字が書けるのか?」
「…?」


僕は分からないフリをした。

否、分からなかった。

いつも僕を虫けらの如く扱う若い男が豹変したように、この中年の男にへこへこと媚びへつらう意味が。

どう答えるのがベストか悩んでいる内にしびれを切らせた中年の男は深いため息と共に若い男へ見下すような視線を送った。


「…こやつは何も理解していないようだが?」
「…申し訳ございません」
「だが、我が娘への危機を感じ報告した事については評価しよう」
「あ、有り難きお言葉…!」
「それでもこの私を貴様の勘違いで動かした罪は重い。地下で一生を私に捧げることで許してやろう」
「そんな!?地下は…!それだけはご勘弁を!!」
「連れていけ」
「はっ!」
「い、いやだ!やめろっ!うわあああぁぁぁぁぁ」


若い男がガタイのいい男二人に抱えあげられ何処かへズルズルと引きずられていく。男の悲痛な叫びが脳内でこだまする中、中年の男は笑った。


「いや〜中々に面白い余興であったぞ。私が生まれる前からここに閉じ込められ、民衆の玩具と化すこの鬼が人間の言葉を理解し操るなど…次はもう少しましな嘘を考えるのだな。最も、二度と地上へ出ることは叶わんだろうが。なぁ、哀れな鬼よ」


冷や汗が額から顎へ滑った。こいつはいったい何をベラベラと一人で喋っているのだろう。理解に苦しむ。こいつが来てからここで起こった出来事を、僕は何一つ理解できなかった。したくなかった。何か、とても、この牢より汚い、この世の理を目の当たりにした気がしたからだ。


「ああ、人間の言葉は理解出来ないのであったな。はっはっはっはっ…」
「…」


こいつも、奏撫さんと同じ人間だというのか。言葉の本質は分からなくても、こいつが他人を見下し馬鹿にしているのは分かる。僕はいつの間にか中年の男を睨み付けていたらしい。だが男は別段それを気にする様子もなくフンと鼻で笑った。


「生まれたモノには全て己の立場、使命がありそれには逆らえん。お前の使命は死ぬまで玩具でいることだ。早くと死ねるといいな?…ははははははは!」


この短時間で何度となく聞いた甲高い笑い声が耳にこびりつく。中年の男は肩にかけた布をばさりと大袈裟に翻し、牢から出ていった。静けさが戻った牢で一人、僕は膨大な量の質問を頭に巡らせる。

早く奏撫さんに会って、このモヤモヤとした気持ちを晴らしてほしい。いつものように何も知らない無知な僕に優しく人間の世界を説いてはくれないだろうか。


そんな僕の願いは、見事に砕け散った。


最後に訪れたあの日以降、奏撫さんが姿を見せることはなかったからだ。

20130614
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