束の間は長すぎた


死にたい。

こんなにも切に願うのに、願いはこれだけなのに、どうしてカミサマは聞き入れてはくれないのか。

そもそもこの世にカミサマなんていないのか?それとも、僕がそんな滑稽な考えを抱いてはいけない醜い存在だからだろうか?

…どうでもいい、死にたい。





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「ぅ、っ…!」
「今日はこれくらいにしといてやるよ化け物」
「うわ、お前ズボンに返り血着いてるぜ」
「きったね〜な、人間様に血なんか着けていいと思ってんのかよ害しか生まねえ鬼のクセに!」


ガシャン、と鉄格子を施錠する重い音がぼんやりする頭に響く。痛みで乱れた呼吸はしばらくして落ち着いたが、冷たい床に擦り付けたままの頬を最早動かす気にもなれず、ただひたすら目の前の黒ずんだ壁を見つめて自分の運命を呪うしかなかった。

この狭い空間に閉じ込められてどれほど月日が経つだろう。鉄の天井、壁、床、格子、これらに囲まれてから日々の変化と言えば直径20pほどの小窓から差し込む日差しの動きくらいだ。陽が昇って沈むまでの、光が差し込む角度がゆるく変化していくだけだ、決して退屈をしのげるような代物ではない。

痛みと疲労から来る睡魔に身を任せようと瞼を下ろした時、コツンと小さな音が聞こえた。反射的に肩を揺らし背を向けていた鉄格子の方に体を反転する。

まさか、まだ…!

やられるのかと額から汗が滲み出たが、この眼に映ったのは到底理解し難い光景であった。一人の女が何かを盛った皿を鉄格子の隙間から差し出している。僕の素早い反応にあちらも肩を揺らして「あ、ごめん…」と耳馴染みのない謝罪を口にされた。


「起こしちゃったかな。これ、お昼ご飯の残りなんだけど…食べられる?」


首を傾げ笑顔で尋ねられるが僕は返事が出来ない。
何がどうなっているんだ。人間の女が僕に食事を与えに来たというのか。あり得ない。毒が盛られている…?…いや、そんな事は考えても仕方がない事だ。もし毒が入っていたとしてもそれは対人間の毒で、僕には効かないだろう。効いたところで死ぬことも出来ない。


「もしかして嫌いな食べ物あった?実は私ピーマンが嫌いでね、全部残しちゃったんだ。ママには内緒ね!で、嫌いなのある?」
「………いえ…」


よく喋る女だ。声が蹴飛ばされた頭にガンガン響いて正常な判断力が削がれる。おかげで話すつもりなんてなかったのに、つい発してしまった。

人間の、言葉を。

それは僕の囚われていた時間を示す手かがりと言えるだろう。初めは雑音でしかなかったそれが教えられてもいないのに言葉として口から出た。それほどもの間、僕はここにいる。

しまったと思ったが、女はそれを気にする様子もなく「なら良かった!」と笑顔を一層濃くした。

元来、僕達に栄養を摂取する必要はない。だが摂取する際に使う器官は存在する。その器官は人間とは違い、食べたいと思えば好きな物を何でも食べられる。木でも鉄でも、はたまた人間でも。故に、常に何かを摂取している者もいれば生まれてこの方縁がなかった者もいる。
僕は後者で、食に対する欲求など感じたことがなかった。だから人間が言う“美味い”“美味くない”の感覚は未知の世界だ。


「あ…手、縛られてるんだよね…。ごめん、気が利かなくて。こっちまで来れる?」


長すぎる長年の経験から逆らうことを辞めた僕は無意識に鉄格子へと近づく。ふと女の顔を見ると目に涙を溜めていて、そこから透明のそれが頬に筋を描いた。眉を寄せて真っ直ぐ僕を捉える大きい瞳は次々と雫を溢れさせている。だが、涙という単語は知識として知っていてもその原理は分からなかった。

ただ一つ、目の前で流れる女の涙を見て、言葉では表せない何処かが蹴られるより酷い痛みを感じたのは確かだ。

20130302
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