日が暮れて夜が明ける
「あ、日向さんおはようございます!」
「おう」
「同郷の皆さんもお揃いで、ってあれ…なんか違和感が…」
「ああオレが髪切ったからじゃね?」
「え?あ、ああ…そうかもしれませんね。それじゃ僕はこれで」
そう言って日向さんと同じ制服を着た男性は僕たちとすれ違った。
牢からこの街まで約数十分。僕たちは大きな塀で囲まれた一つの国の中にいた。並ぶ建物は牢の何倍も大きく、そして、美しい。知識などがあるわけではない。ただ、見たことがない世界は僕の目にとても美しく写る。整備された道、手入れの行き届いた花壇、広場の中心の自由に形を変える噴水。どれも見たことがなかった。ここまで多くの人間を見る事ももちろん初めてだ。緊張と恐怖、それが僕を包んでいた。暑くもないのにダラダラと汗をかく僕を見て、火神くんが大丈夫かと小声で聞く。僕は汗を拭って頷いた。
森の中を歩き続け、せっかく綺麗にしてもらった体は薄汚れてしまった。だがそれは他の皆さんにも言える事だ。日向さんたちは初めから汚れることも想定していたらしい。行きしなに森の出口に置いていたという鴨を回収した日向さんに理由を尋ねたが、すぐに分かるさと返された。
「シッ、誰か来た…!」
「!」
緊張の糸が張り詰める。ゴクリ、と隣にいる人の生唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
「お、城の従者たちじゃないか。こんなところで何をしているんだ、随分汚れているようだが」
「実は王様が夕食に活きのいい鴨をご所望でして…この通りすぐに出られる者を手当たり次第集め、ひと仕事終えたところです」
「はっはっはっ、君たちも大変だな。毎度主のワガママに付き合わされて」
「ワガママだけならまだしもそのワガママを覚えていらっしゃらない事が多々ありますので、そちらの方が堪えます」
「はっはっ、それは確かに堪えるな。今回の命令は覚えておられる事を祈っておこう」
「ありがとうございます、それでは“活きのいい鴨”をお届けにあがらねばなりませんのでわたくし共は失礼致します」
「ああ、足止めしてしまったな、私も失礼するよ」
身なりが整った恰幅いい男は、はっはっはっと豪快に笑いながら去って行った。全員揃って安心感から溜息とともに肩をなでおろす。
「オレが言ってた意味が分かっただろ」
「はい、僕たちは命令で森に鴨を狩りに行った事になっているんですね」
「そういうことだ」
「でも、そんな都合よく狩りの命令なんて…」
「さっき言ったろ。王は自分が下したワガママなんかいちいち覚えてねんだよ。朝言った事を昼には忘れてるなんざザラにある。…これだけでも王がどんな生活送ってっかは想像つくと思うけど」
「おかげでオレら従者は毎日大忙しだ」
「…何故、皆さんはそんな方に従っているんですか?」
「ま、逆らったら死ぬからな」
「死ぬ!?呪いか何かでですか?」
「ははっ、違ぇけど……いや、そうかもな。王がいくらクズなやつでも従わなければ死ぬ。だから何も出来ない呪い、って感じか…」
「日向!もう街中なんだ、誰かに聞かれてたら反逆罪で死罪だぞ」
「やべ、つい本音が出ちまった」
「?」
僕には日向さんと伊月さんの会話の内容をよく理解できなかった。逆らったら死ぬ、とはどういうことなのか…また一つ奏撫さんに聞きたいことが増えた。
奏撫さん、僕、あなたに聞きたいことがたくさんあるんです。ありすぎて上手くまとめられる気がしません。恐らく、人間の基礎知識のない僕は理解するのに時間がかかると思います。それでも、以前と同じく、身振り手振りで一生懸命僕が分かり易いように説明してくれますか。
「ここだ」
顔を上げると、街で一際高い遠くからでも確認できた城の前に着いた。城の影は僕や皆を飲み込んで、高く、高く、そびえ立つ。限界まで首をそらしても頂が見えない。それは、これから僕が越えなければならない壁の暗示のような気がした。
20140503