分岐点


「テメェか?“テツヤ”ってのは」


1ヶ月程経過した頃、牢の重い扉からひょこっと顔を出したのは燃えるような赤い髪の長身の男。黙っていると男は「あ、いや…お前以外ありえないから聞いても意味ねんだけどよ」と頬をかいた。

僕を“テツヤ”と呼ぶのは奏撫さんだけのはずなのに、何故この男がその呼び名を知っているのか。

…まさか、奏撫さんは最初から僕を弄ぶつもりで近づいたのか?
なら今までの僕への態度も頷ける。嵌めるために優しくして僕を騙した。簡単な事だ。


「なるほど。人間にはこういう遊び方もあるんですね」
「は?」
「奏撫さんの次はあなたですか。人間は本当に他を傷つけるのがお好きなんですね」
「…お前がどれだけ酷い痛めつけられ方をしてきたのか俺には分からねぇ。でも、あいつだけはおまえお前と接してきた人間とは一緒にしないでやってくれ」
「あいつ…?」
「奏撫だ。奏撫にはこの1ヶ月、ここに来られない理由があった」


―――――――


「わざわざ報告してくれた方を地下に入れたと仰るんですか!?」
「あぁそうだ」
「地下牢は罪人に罪を償わせるための更正施設です!?どうして罪のない人を」
「罪なら犯しているではないか!この私をつまらん雑用で動かした罪だ。当然の処分であろう」
「……ど…!」
「ん、なんだ?」
「この外道!お前は人間じゃない!人間の皮を被った悪魔だ!!」
「なんだと!?貴様、誰に向かって口をきいている!お前も牢行きだ。おい、連れていけ!!」


―――――――


「と、言うわけで、奏撫は牢に入れられちまった。今も牢で生活してる。ま、自業自得っつーかなんというか…」
「奏撫さんが…そんな事に…!」
「そんな青ざめんな。いずれ聞くと思うが別に酷い目には合ってねぇから。とにかく、来たくても来られなかったんだ。だからまぁ、許してやってくれよ」


この通りだ、と男は僕に頭を下げた。
さすがの僕でも、奏撫さんがとんでもない失言を犯してしまったことだけは理解した。
今は「酷い目には合っていない」というこの男の話を信じることにしよう。
「ところで…あなたはいったい…?」
「俺は火神大我、奏撫の幼なじみ…だった。」
「だった?」
「あ」
「え」
「…チッ、口が滑った」
「え…」

火神くんは凄くわかり易く、しまった!そんな顔をした。そして目を泳がせ額に汗をにじませながら「奏撫にはい今のこと言うなよ!」と心底焦った様子を見せた。

「本当は俺からこの話はしたくねんだけど…口止め料だ、持ってけドロボー!」
「僕が上手く聞き出したみたいになってますが、ただの火神くんの墓穴ですよ」
「るせっ!お前絶対ぇ言うなよ!あいつ怒るとこえんだよ…」

確実に僕より頭一つは身長が高く、ガタイなんかは比べ物にならない火神くんが、華奢な女の子相手に怯えている。このことがとても不可解に感じて、クス、と笑ってしまった。

「…ゴホン。簡単いうと、あいつも俺も貧しい家の生まれで、ろくに学校にも通えずにいた。そんな状況でも奏撫の成績は常にトップで、あらゆる事に長けていた。そんな優秀なあいつに目をつけた国王があいつを無理矢理養子に引き取ったんだ。それから俺達庶民とは完全に縁を切らされて、貴族の教えを叩き込まされたらしい。俺はもう一度奏撫と話をするため、王家の家来になってこっそり奏撫に近づいた。それがつい最近、そこでお前の話を聞いた」
「僕の、話…?」
「お前、自分がどういう奴等にあんな目に合わされてたのかすら分かんねんだろ」
「はい…」
「あいつらは貴族階級の連中で、お前の事を知ってるのはごく一部だ。そいつらが憂さ晴らしのためお前を使ってるってわけだ」
「…」
「あ、ワリィ…この言い方はねぇよな」
「いえ、続けてください」


捕まった当初、僕は民衆への見せしめに殺されるはずだった。けれど僕の再生能力が並みでないことを知った国王が、反乱を起こそうとしていた貴族連中に僕を差し出すことで黙らせたのだという。
見た目はほぼ人と変わらない僕を何の罪もなく痛め付けられる快感に酔い、反旗を翻す者はいなくなった。なんとも信じがたい話だがそれが事実なのだから仕方がない。


「奏撫は、お前を救うために、ある計画を立てた」
「計画?」
「…ここから脱出し、逃亡する」
「そ、そんなことをすれば奏撫さんは…!」
「二度とここには戻れねえだろうな。それでも奏撫はその道を選んだ。さて、ここからが本題だ」
「?」
「その逃亡計画にお前が、のるか、のらないか。その答えを牢にいる奏撫に届けるのが俺の仕事だ」


乾いた喉が潤いを求めてゴクリと上下する。正直展開が早すぎて全く着いていけていない。僕の疑問は更に増え、何が正解かなど分からなかった。
それでも、答えは決まっている。


「もちろん、のります」
「よし!」


ニカッと笑った火神くんの笑顔はどこか悲しみを帯びていて、僕の頭を掻き乱す乱暴な手付きとは裏腹に、繊細な心が内側で悲鳴をあげているような気がした。

20131101
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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