10.5 [ 1/2 ]
「それで桐原は、オレにバスケを続けてくれって…」
「はぁ〜都遥っちはほんと、お人好しッスね…」
「バカすぎてなんも言えねーわ」
薄暗いバスケ部の部室で男が四人、これといって弾まない会話をしている。
「考え直したんだ、誰か他の奴と比べて腐るより自分が出来ることを精一杯や」
「あーそういうのどうでもいいんスわ」
「え…」
「別にオレらあんたがどう思ってようがバスケしようがしまいが関係ねーから」
「じゃあどうして…」
外でポツポツと雨が降り始めた。どんどん分厚い雲が空を覆って更に部室が暗くなる。
その雲がゴロゴロと鳴き始めた。
「都遥が許したから終わりだなんて甘い事を考えているのなら、改めていただきます」
「単刀直入に言うとー。オレ達、キレてんスよ」
何かが爆発したかのような大きな音がして、窓の外がピカッと光った。
部室の一番奥のロッカーの前に立つ村田の目に、その光が、壁に腕を組んでもたれる赤司、その隣でしゃがむ黄瀬、ベンチに座る青峰のシルエットを写し出した。
そしてその一瞬で見えた表情に震え上がった。スッと立ち上がり近づいた黄瀬に思わず防御の形にとる。
「っ…!」
「大丈夫ッスよ、手は出さないんで。都遥っちに知られたら困るし、でも」
ニッコリ笑ったかと思えばスッと目を薄く開いて村田の胸ぐらを掴んで勢いよくロッカーに押し付けた。
「都遥っちを最悪な傷つけ方したクズがこれから胸張ってバスケすんのかと思うと腹たつんスわ」
「…ぁ…っ」
口元はゆるく笑っているのに目は全く笑っていない。
普段のヘラヘラしている黄瀬からは想像も出来ない悪意に満ちた表情だ。
「村田先輩。あなたに二つ、選択肢を与えます。自分から辞めるか、あなたがしたことをオレ達が学校に報告して辞めさせられるか」
「…そ、んな…!」
「もっとも、オレ達は後者をすぐにでも実行したいですが、都遥が望んでいませんし…賢いあなたならどちらを選択すべきか、理解できますよね」
「…………今日限りで…辞め、ます」
「明日までに監督に退部届けの提出をお願いします。ではオレはこれで…あ、あと言い忘れてました」
部室から出ようと扉を開けた赤司は、思い出したようにカバンを探ってコンパスと取り出した。
次の瞬間そのコンパスが赤司の手からダーツをするように放たれて、ガツン!と鈍い音をたて村田の顔をギリギリ避けてロッカーに突き刺さった。
「今後都遥に近付くことがあれば次はあなたに刺さることになりますので、そのつもりで」
何も読み取れない、無表情というのを絵に描いたような顔で赤司は静かにこの場を去った。
最早村田には正常なカンカクなど分からなくなって、ただガクガクと震えるしかなかった。
「オレ、バスケやってるやつに悪いやついねーとか思ってたけど撤回するわ」
だるそうにベンチから立ち上がった青峰は赤司を追うように扉に手をかけた。
「才能なくても、一軍にあがれなくても必死にやってる奴もいんだ。一瞬でもウチでレギュラーだった奴がこんなことするとか、そらやってらんねーよな。お前にバスケする資格なんてねーよ」
青峰は軽蔑を含んだ目でそう告げると出て行く。
黄瀬は村田を掴んでいた手を離し、代わりに自分のカバンを掴んだ。
「あっ、待ってくださいよ青峰っち!」
バタン、と閉められた扉を見つめ未だロッカーに張り付いたまま村田は動けなかった。
雨と雷の音が耳を支配する。
“あいつらは…なんなんだ”
上手く回らない頭で必死に考えてたどり着いた答えだった。
ワカラナイ。
桐原のためにここまで出来てしまうあいつらが。そして、そこまで愛されている桐原という女が。
ロッカーに垂直に突き刺さったコンパスがゆっくりと傾いて、程なくしてカシャンと床に落ちた。
10.5:危険信号
→あとがき