彼の不幸は熱の味 [ 1/2 ]


「ゴホゴホ…っ!」
「大丈夫?」
「っ…大丈夫だけど…さ、なんでそんな嬉しそうなの…?」
「え、そう?」
「うん。チョー嬉しそー、ゲホッはぁ…」


朝、風邪を引いたから学校を休むとメールが来てニヤリ。授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出し鼻歌混じりに向かったのは、メールを送ってきた高尾くんの家。ドアを開けた彼の驚いた表情、思い出しただけで笑ってしまう。頬をりんごのように赤く染め、おでこには冷えピタ、少し掠れ声なのが可愛くてぎゅーっとしたい気持ちに駆られたがグッと堪え、玄関に乗り込んだ。


「き、気のせい気のせい!何かして欲しい事とかあったらなんでも言ってね?」
「気持ちは、嬉し、いけど移しちゃワリーし帰」
「あ!おかゆ作ったの!食べるでしょ、はい」
「……………」


キッチンを借りて作ったおかゆを小皿に移して笑顔で差し出した。ほかほかと漂う湯気の向こうで、起き上がった高尾くんが苦笑いを浮かべた。


「だから…嬉しそうにしすぎだって、ケホ」
「まっさか〜そんなわけないじゃん。さあさあ、食べなきゃ元気になれないよ!」
「じゃぁ、あーんして」
「…………は?」
「いやーなんか熱で体がさ〜、上手く動かなくて〜あ〜節々が痛いなあ〜」
「え、でもさっき普通に飲み物飲んでたよね、冷えピタ自分で張り替えてたよね!?」
「え〜〜〜?“なんでも”してくれるんじゃないんですか〜〜〜?」


浅い息で意地悪く笑う顔にハッとする。…言った、確かに言った。けど…!ええい!女に二言はない。これも看病の一貫だ。決して恋人のあのラブラブのアレじゃない…!


「あ、あーん…」
「あー…んっ!んー美味っもうひとくち!」
「元気に見えますけど…」


結局高尾くんはおかゆを全て平らげ「もうないの?」と眉を下げた彼に強引に薬を飲ませベッドに転がした。「はい、お布団ちゃんとかぶる」「汗すごいね…拭うから目つぶって」「喉渇いてない?」次から次へと世話を焼こうとする私に、高尾くんは「ごめん…ちょっと静かにしてて」と申し訳なさそうにそう言った。


「ごめんね。私がいたらゆっくり休めないよね…食器だけ洗ったら帰るから」
「、やだ」
「え」
「ここに…っいてよ」


立ち上がろうした私の手を高尾くんが力なく腕を掴んだ。


「でも…いたら気になっちゃうでしょ?」
「それでも、いいからっ。せめて…オレが寝るまでは、いて」
「…は、はい」


座り直した私を見て、高尾くんは重たそうにしていたまぶたを完全に閉じた。暫くして寝息が聞こえ、薬が効いてるのかずいぶん楽そうに見える。


「高尾くんが静かだと変な感じ」


だから早く良くなってね、と冷えピタ越しにおでこをツンと人差し指でつついて、洗い物をしようとキッチンへ向かった。




ピピピピ、ピピピピ、と毎朝定時にセットしている携帯のアラーム音に気づいて、手探りで携帯を掴んで解除する。ぼやぼやした頭のまま欠伸と一緒に体を伸ばす。


「んー…体いっ…」


“たー!”と叫びそうになったのをバッと口を押さえ止めた。し、しまったぁぁぁ!昨夜洗い物とかいろいろしてちょっと寝顔見たら帰ろうってそれで…それで…そのまま寝てしまった…!おおおおお昨日の自分のバカ…!!今すぐタイムリープしたい!!!

ラグに正座し、ベッドに凭れるように寝ていたせいで全身が痛い。高尾くんを見ると穏やかな寝顔でホッとした。まぁ今更焦ったってしょうがないし、結果オーライでしょ。楽観思考な自分に笑い、ベッドのふちに顔を伏せた。


「…あーあ。いっつも頼ってばっかだし、いつの間にか気遣われて優しくされてるからお返し出来るチャンスだと思ったのにな…空回って終わったあげく、あーんとかさせられていつものペースだったし…ダメだなぁ…」
「それでオレが風邪引いて喜んでたんだ」
「…………」


独り言への返答に体が硬直。錆びたロボットみたいに首を動かして高尾くんを見たら、枕に肘を立て手のひらを枕にして私を見下ろしていた。


「起き…!?」
「いや〜寝るの早かったからか早朝に目覚めちゃってさー、お前の寝顔見てる内にアラーム鳴ったから寝たフリしたわけよ。そしたら可愛い事言い始めるからつい」
「か、風邪は!?」
「すっかり治りました!」


ボディビルダーのポーズをした高尾くんがニカッと笑う。スッと頬を包むとあの異常な熱さはなくなっていて「な?」と更に笑う高尾くんにつられてしまった。



「はっ!?」
「あと別にオレは気遣ってるわけじゃねーよ?好きだから自然にやっちゃってるだけ」
「あ、あれは違…」
「それなのに健気に看病頑張ってくれちゃってさー、マジ愛されてすぎて泣きそうだわ」
「別にそんなんじゃ…!」
「え!じゃ何、オレの事好きじゃないの?」
「す!…………好き、だけど」
「うん、オレも好き」
「〜〜〜〜っ!!」
「ありがとな」
「ど、どういたしまして」
「お礼しなきゃな。こっち向いて」
「え、いいよそん…んぅ!」
「よし、これで風邪移ったらオレが看病してやるから」


ちゅ、と不意打ちでされたキスはとても熱くて、私の思考をパンクさせるには十分すぎる。こうして、私はまた彼のペースに乗せられてしまうのだった。










彼の不幸はの味


(唇、まだ熱いね)
(もっかいやっとく?)
(しないから!ちょっこっちくんな!)

20121125 →あとがき
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -