黒子 [ 2/4 ]


寂しいわけがない。むしろ静かで当たり障りのない生活に満足している。

昼食の一件以来、姓さんが朝僕にバレないよう校門付近の物陰に隠れて待ち伏せをし、偶然を装って声をかけてくることはなくなった。授業は寝ずに真面目に受けているようだし、昼食は互いの席で取っている。僕から声をかけることはクラスの用事でもない限りまずないので、ここ最近はまともに会話してすらいない。マシンガン銃よろしく話しかけられていた時と比べると雲泥の差だ。


「なぁなぁ、姓とケンカでもしたのか?」
「…火神くんは最早達人ですね」


馬鹿加減が、と脳内で付け足した。いくらなんでもこの前の一件が原因だと普通は気付くだろう。バ火神と呼ばれるのも納得だ。そんなバ火神くんは「そうか?」と確実に意図を理解してない様子だった。体を僕に垂直に向けた事で、自ずと前の机が目に入る。


「火神くん、それは?」
「これか?姓が約束は約束だからって弁当作ってくれてよ。アイツマジで料理上手いのな、今度休みの日に教えてもらう事になってんだ」
「教えてもらうって…どこで?」
「オレん家だけど」
「なっ…!一応、確認なんですが」
「なんだよ」
「火神くんは姓さんに対してなんの感情も持っていませんよね?」
「は?ダチだと思ってっけど」
「なら、まぁ、いいです」
「姓と学校以外で会うのに黒子の許可がいんのか?」


多分何も考えてないであろう火神くんの質問にハッとした。僕は姓さんの親でもなければ恋人でもないのに「いいです」だなんて、いったいどんな権利があってそんな事が言えるんだ。

…おかしい。今までこんな風に誰かに必死になったことなどなかったのに。僕に好意を寄せていた人を突き放しておいて、他の人と仲良くするのが気になるだなんてまるで我が儘な子どもじゃないか。


「黒子変わったよな」
「…え?」
「前はバスケ以外何にも興味なさそうな淡白な奴だと思ってたけど、最近のお前って普通の男子高校生に近づいた感じ」


近づいたも何も、正真正銘僕は普通の男子高校生だ。何を当たり前の事を…思ったが、火神くんの発言は時たま的確であるから無下には出来ない。周りからは、そんな風に見えているのか?

言い返す言葉が見つからなくて、僕は押し黙ってしまった。





―――――


「あ」
「おぅ黒子」


たまの休みの日曜、本屋にでも行こうと家を出て鉢合わせたのは火神くん。と、姓さん。私服で雰囲気の違う姓さんに自然に目がいってしまったが、すぐに思考を引き戻す。


「こんにちは姓さん」
「あ、こんにちは」


実によそよそしい挨拶に不思議と胸が痛んだ気がしたが、その正体を知る暇もなく火神くんに尋ねられた。


「黒子何してんだ?」
「ちょっと本屋さんに行こうかと」
「お前らしいな。よっ」
「その袋はなんですか?」
「言ってたろ、料理教えてもらうって。それの買い出し行ってきたんだよ」
「ねぇ火神くん、やっぱ私も一つ持つよ。重いでしょ?」
「いいって」


そうやりとりを交わす二人はどう見ても恋人同士を通り越して夫婦のようで、じわりと嫌な気持ちが広がって。気が付いたら姓さんの腕を引っ張り、声をかける火神くんを無視してあてもなく走り出していた。


「…っちょ、まっ、黒子くん!」


荒い息遣いで呼ばれ立ち止まる。しばらく息を整える音と心音だけが響いていた。酸素の足りない頭で何故こんなことをしたのか考えたけれどさっぱり答えが出なくて、後ろにいる姓さんを振り返ることが出来なかった。


「黒子くん。どうしたの急に」
「…なんでいつもみたいに呼んでくれないんですか」
「え?」
「僕のこと、嫌いになったからですか」
「だって、黒子くん積極的な子嫌いみたいだし、あの呼び方も私が勝手に呼び始めたから嫌かな、って…本当にどうしたの?大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」


振り返ると思いの外近距離の姓さんが、赤い顔で額に少し汗を滲ませている。それがとても可愛く見えて、久しぶりに喋ったとか久しぶりに目があったとか説明出来ない複雑な感情が込み上げたから、それらを全てぶつけるみたいに姓さんを抱き寄せた。


「く!?くろっくく黒子く」
「全然大丈夫じゃないですよ。きゃんきゃんうるさく付きまとっ固まっているから、ふざけているように思えてきてぐにっと頬をつねった。


「いだぁっ!ここでつねるとかどういうテクニック!?」
「あまりの間抜け面につい」
「えぇぇ…そりゃ嫌われたと思ってた人にあんな風に言われたら間抜けな面にもなりますよ」
「嫌われてた?」
「私、タイプの正反対だし…」
「あれ嘘ですよ」
「え」
「本当はきゃんきゃんうるさくて所構わず僕のことしか考えていない躾のなってない姓さんが好きです」
「…褒めてる?」
「けなしてます」
「ですよねー」
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